第1章 年〜年

西友:日本復興計画の設立と西武ストアーの発足

1946年〜土地家屋を扱う日本復興計画から改めた東都興業と、池袋の西武百貨店で店長に就任した堤清二氏

西友の法人格の起点は、1946年12月に設立された日本復興計画株式会社にある。設立時に掲げた主な目的は、土地と家屋の賃貸および売買だった。1949年7月、商号を東都興業株式会社へ変更。チェーンストアを営む西友ストアーは、西武流通グループが1963年4月に本格的な展開を目指して発足させた別の会社である。1963年10月、東都興業は西友ストアーを吸収合併し、自らの商号を西友ストアーへ改めた。事業の実体を持っていたのは吸収された西友ストアーで、東都興業は株式の額面を改めるための存続会社として使われた。西友が社歴の起点を1946年に置くのは、額面変更の合併で東都興業の法人格を引き継いだためと思われる。

  • 西友 有価証券報告書 第53期(2007年12月期)【沿革】
    • [1]1946年12月、土地家屋の賃貸・売買を主目的に日本復興計画株式会社を設立
    • [2]1946年12月、土地家屋の賃貸・売買を主目的に日本復興計画株式会社を設立
    • [3]1949年7月、東都興業株式会社に商号変更
    • [5]1963年10月、東都興業が西友ストアーを吸収合併し商号変更。株式額面変更のための合併で事実上の存続会社は西友ストアー
    • [6]1963年10月、東都興業が西友ストアーを吸収合併し商号変更。株式額面変更のための合併で事実上の存続会社は西友ストアー
  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)
    • [4]1963年4月、西武流通グループが本格的なチェーンストア展開を目指し西友ストアーを設立

西武百貨店は1940年3月、武蔵野鉄道が京浜百貨店池袋支店を買収して設けた武蔵野デパートから始まった。創業者は堤康次郎氏で、戦後の1945年12月に勧業銀行池袋支店の隣で売場を再び開けた。ところが1948年2月に店は全焼し、1949年4月に株式会社西武百貨店へ改称して木造モルタルの2階建てで出直した。1952年9月、地下2階・地上7階の第1期増築が完成。増築を重ねていた1955年10月、堤清二氏が店長に就任した。西友ストアー常務の高丘季昭氏は1975年の寄稿で、戦後の池袋と沿線の発展に合わせて百貨店が大きくなったと振り返った。売場の拡張が続く局面で店を任された堤清二氏が、のちに百貨店の外へ店を出す判断の担い手になったと推察される。

  • 企業の歴史 明治百年(1968)「西武百貨店」
    • [7]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [8]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [9]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [10]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [11]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)
    • [12]西武百貨店は戦後の池袋と沿線の発展につれて成長した(高丘季昭の回顧)
参考文献[1]-[12]
  • 西友 有価証券報告書 第53期(2007年12月期)【沿革】
    • [1]1946年12月、土地家屋の賃貸・売買を主目的に日本復興計画株式会社を設立
    • [2]1946年12月、土地家屋の賃貸・売買を主目的に日本復興計画株式会社を設立
    • [3]1949年7月、東都興業株式会社に商号変更
    • [5]1963年10月、東都興業が西友ストアーを吸収合併し商号変更。株式額面変更のための合併で事実上の存続会社は西友ストアー
    • [6]1963年10月、東都興業が西友ストアーを吸収合併し商号変更。株式額面変更のための合併で事実上の存続会社は西友ストアー
  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)
    • [4]1963年4月、西武流通グループが本格的なチェーンストア展開を目指し西友ストアーを設立
    • [12]西武百貨店は戦後の池袋と沿線の発展につれて成長した(高丘季昭の回顧)
  • 企業の歴史 明治百年(1968)「西武百貨店」
    • [7]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [8]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [9]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [10]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任
    • [11]1940年3月武蔵野デパート設立(堤康次郎創業)、1945年12月営業再開、1948年2月全焼、1949年4月西武百貨店に改称、1952年9月第1期増築竣工、1955年10月堤清二が店長就任

1956年〜軽井沢店で踏み出したストアー経営と、百貨店の食品部門から立てた西武ストアー

西武百貨店は1956年6月に軽井沢店を開店し、池袋の本店の外に初めて売場を持った。1968年刊の企業史の記録は、この開店を支店展開とストアー経営の第一歩と位置づけた。続いて沼津店、土浦店、鎌倉店、新所沢店を順に開設した。本店では同じ1956年の12月に第4期増築を終え、総面積は延べ46,364平方メートルとなった。1956年11月には、のちの西友ストアーとなる株式会社西武ストアーを設立した。1961年1月には、西武百貨店が月間の都内百貨店売上高で第1位となった。1962年3月、米国で西武ロスアンゼルス店を開店。避暑地や地方都市への出店は、池袋の顧客圏の外で小型の店を運営する経験を積む機会になったと考えられる。

  • 企業の歴史 明治百年(1968)「西武百貨店」
    • [13]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [14]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [15]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [16]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [18]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [19]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
  • 西友 有価証券報告書 第53期(2007年12月期)【沿革】
    • [17]1956年11月、株式会社西武ストアー設立(1963年4月に西友ストアーへ商号変更)

1956年11月、のちに西友ストアーへ商号を改める株式会社西武ストアーを設立した。1968年刊の企業史の記録は、1963年4月を西武百貨店がストアー部門を分離して西友ストアーを設けた時点としている。高丘季昭氏は1975年の寄稿で、百貨店の外にチェーンストアを持つ理由を『近代的な小売業資本になるためには百貨店だけでは不満足で、チェーンストアのほうがはるかに発展の度合いが高い』と書いた。高丘季昭氏は、個性化と高級化に向かう消費は百貨店が担い、生活必需品を低いコストで供給する役目はチェーンストアが担うという分担も示した。別の法人に分けたのは、低い原価で多店舗を回すチェーンストアの運営を、百貨店の仕組みから切り離すためとみられる。

  • 西友 有価証券報告書 第53期(2007年12月期)【沿革】
    • [20]1956年11月、株式会社西武ストアー設立(1963年4月に西友ストアーへ商号変更)
  • 企業の歴史 明治百年(1968)「西武百貨店」
    • [21]1963年4月、西武百貨店がストアー部門を分離し西友ストアーを設立
  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)
    • [22]近代的な小売業資本には百貨店だけでは不十分でチェーンストアの発展度が高い。高級化は百貨店、生活必需品の低廉供給はチェーンストアが担う
    • [23]近代的な小売業資本には百貨店だけでは不十分でチェーンストアの発展度が高い。高級化は百貨店、生活必需品の低廉供給はチェーンストアが担う

西武流通グループは昭和30年代の半ばに、チェーンストアへ進出する方針を固めた。高丘季昭氏はその背景として、1957年のダイエー創業と、東急資本による東光ストアの展開を挙げた。1960年に高度経済成長政策が始まり、大量生産と大量消費に応える流通の近代化が求められた。スーパーは1957年のダイエー、1958年のイトーヨーカ堂と相次いで生まれ、西友ストアーは1963年にこれに続いた。東京大学教授の林周二氏が「流通革命論」を著したのも1962年のことである。1963年4月、西武流通グループは本格的なチェーンストアの展開を目指して西友ストアーを発足させた。先行する2社に対し、百貨店を核に持つグループとして量販の市場へ遅れずに参入する狙いがあったのだろう。

  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)
    • [24]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
    • [25]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
    • [26]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
    • [29]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
  • 日本産業史(日経文庫)第3巻「流通革命の進展」
    • [27]スーパーはダイエー(1957年)、イトーヨーカ堂(1958年)、西友ストアー(1963年)と相次いで登場。林周二『流通革命論』は1962年刊
    • [28]スーパーはダイエー(1957年)、イトーヨーカ堂(1958年)、西友ストアー(1963年)と相次いで登場。林周二『流通革命論』は1962年刊
参考文献[13]-[29]
  • 企業の歴史 明治百年(1968)「西武百貨店」
    • [13]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [14]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [15]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [16]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [18]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [19]1956年6月軽井沢店開店が支店・ストアー経営の第一歩。1956年12月第4期増築で延べ46,364㎡。1961年1月月間都内百貨店売上高1位。続いて沼津・土浦・鎌倉・新所沢店を開設。1962年3月西武ロスアンゼルス店開店
    • [21]1963年4月、西武百貨店がストアー部門を分離し西友ストアーを設立
  • 西友 有価証券報告書 第53期(2007年12月期)【沿革】
    • [17]1956年11月、株式会社西武ストアー設立(1963年4月に西友ストアーへ商号変更)
    • [20]1956年11月、株式会社西武ストアー設立(1963年4月に西友ストアーへ商号変更)
  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)
    • [22]近代的な小売業資本には百貨店だけでは不十分でチェーンストアの発展度が高い。高級化は百貨店、生活必需品の低廉供給はチェーンストアが担う
    • [23]近代的な小売業資本には百貨店だけでは不十分でチェーンストアの発展度が高い。高級化は百貨店、生活必需品の低廉供給はチェーンストアが担う
    • [24]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
    • [25]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
    • [26]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
    • [29]昭和30年代半ば、ダイエー創業・東光ストア展開を背景にチェーンストア進出の方針を固め、1963年4月に西友ストアーを設立。1960年の高度成長政策で流通近代化が叫ばれた
  • 日本産業史(日経文庫)第3巻「流通革命の進展」
    • [27]スーパーはダイエー(1957年)、イトーヨーカ堂(1958年)、西友ストアー(1963年)と相次いで登場。林周二『流通革命論』は1962年刊
    • [28]スーパーはダイエー(1957年)、イトーヨーカ堂(1958年)、西友ストアー(1963年)と相次いで登場。林周二『流通革命論』は1962年刊

出典・参考

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出典・参考
  • 西友 有価証券報告書 第53期(2007年12月期)【沿革】
  • 企業の歴史 明治百年(1968)「西武百貨店」
  • 日本産業史(日経文庫)第3巻「流通革命の進展」
  • 証券アナリストジャーナル 13(1) 1975年(高丘季昭)

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