決断
神田今川橋の呉服店は、年額57万5千円の家賃を払って銀座のビルへ本店を移した。松屋は関東大震災の前に、第一徴兵保険が銀座に新築する大店舗の賃借を契約していた。1923年9月の震災で今川橋の本店は焼け、その後の神田では繁華街が衰えて百貨店の他区への転出が続いた。松屋は1925年1月に資本金を500万円へ増やし、同年5月に地下2階・地上8階、総延べ7,144坪の銀座ビルディングに本店を移して開店した。銀座開店では一度に約1,000人が入社し、自前の特製品と販売・会計・受渡しを分ける伝票制度を備えた百貨店へ移った。