トピー工業の歴史
沿革
1921年に設立された宮製鋼所が起源。
1964年に車輪工業・東都製鋼など4社の合併でトピー工業として発足し、2008年に新日本製鐵と資本提携した。製鋼から自動車用ホイールや建設機械用履帯までを手がけるメーカーである。
創業期
1921年〜宮製鋼所の設立と帝国発条製作所のホイール試作
- 宮製鋼所を設立[1]
- 宮製鋼所がサッシ圧延に成功[2]
- 東京シヤリングを設立[1]
- 帝国発条製作所が自動車用ホイールの試作を開始[2]
- 東京車輪製作所を設立[1]
売上高
- 売上高
トピー工業売上高—
成長期
1941年〜車輪工業・東都製鋼の発足と東京証券取引所への上場
- 東京車輪製作所と阿部鉄工所の合併で車輪工業が発足[1]
- 宮製鋼所と東京シヤリングの合併で東都製鋼が発足[1]
- 車輪工業と東都製鋼が東京証券取引所に上場[1]
- 東都造機を設立[1]
- 東都鉄構を設立[1]
- 東都製鋼豊橋製鋼所が完成[1]
- 車輪工業・東都製鋼・東都造機・東都鉄構の本社を東京都千代田区四番町に移転[2]
- 東都造機茅ヶ崎工場が完成[1]
- 車輪工業豊川工場が完成[1]
売上高
- 売上高
トピー工業売上高—
転換期
1964年〜4社合併によるトピー工業の発足と合成マイカの販売
- 車輪工業綾瀬工場が完成[1]
- 車輪工業・東都製鋼・東都造機・東都鉄構の4社合併でトピー工業が発足[1]
- トピーインターナショナル, INC.(現トピーアメリカ, INC.)を設立[2]
- 豊橋製造所内に技術研究所を創設[2]
- 合成マイカの販売を開始[2]
- インドネシアのPT. インコアスク社と技術援助契約を締結[2]
- インドネシアのPT. パリンダ社と技術援助契約を締結[2]
- 綾瀬製造所が商用車向け大・中型チューブレスタイヤ用ホイールを開発[2]
- 鉱山機械用超大型ホイール(SGOR)を開発[2]
- トピーコーポレーションを設立[1]
- 化粧品用高品質合成マイカを実用化[2]
- インドネシアのPT. パコアクイナ社と技術援助契約を締結[2]
- 豊橋製造所「造機工場」が稼働[2]
売上高
- 売上高
トピー工業売上高—
成熟期
1990年〜豊川製造所「明海工場」の稼働と新日本製鐵との資本提携
- 豊川製造所「明海工場」が稼働[2]
- 豊川製造所「鞍手工場」が稼働[2]
- 豊橋製造所「棒鋼工場」が稼働[2]
- トピーインターナショナル, U.C.A. INC.(現トピーアメリカ, INC.)を設立[2]
- 福建源興トピー汽車零件有限公司を設立[1]
- 綾瀬製造所「羽村工場」が稼働[2]
- 本社を東京都品川区大崎に移転[2]
- サイエンス事業部を新設[2]
- 新日本製鐵と資本提携[1]
- トピー履帯(中国)有限公司を設立[1]
- トピーファスナー・ベトナム・カンパニー・リミテッドを設立[2]
- トピー パリンダ マニファクチャリング インドネシアを設立[1]
- トピー・エムダブリュ・マニュファクチャリング・メキシコを設立[1]
- 豊橋製造所「新製鋼工場」が稼働[2]
- ホイールズ インディアとの合弁でWIL カーホイールズを設立[2]
- ATCホールディングスを完全子会社化[1]
- 明海リサイクルセンターの金属高度選別ラインが本格稼働[3]
- 中期経営計画「TOPY Active & Challenge 2025」を策定[3]
- 関係会社株式評価損を個別決算で計上[4]
- 輪泰科斯(広州)汽車零配件の解散・清算を決定[4]
- 中期経営計画「TOPY Active & Challenge 2027」を策定[3]
- 関係会社株式評価損を個別決算で計上[4]
- 政策保有株式の売却益を計上[4]