山田稔

ダイキン・元取締役社長

Yamada Minoru(敬称略)

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社長就任 1971年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

創業家の山田家から出た2人目の社長である。1970年5月の大株主には山田家の個人2名が第8位と第9位で並び、1974年11月時点でも本人が1.02%を持つ第10位の株主だった。同じ断面の筆頭株主は18.34%を握る住友金属工業で、創業家の持株は経営権を支える規模ではなかった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1971年に土屋義夫氏の後任として社長に就任した。就任前年度の1970年11月期は売上高505億円・当期純利益20.4億円だった。1972年のルームエアコン商戦では家電各社が前年を2割上回る135万台の出荷を見込み、市場は拡大の途中にあった。住友から迎えた社長を挟んで、経営は再び創業家へ戻った。

在任中の主な施策
施策

1975年のオイルショックで経常赤字23億円に転落し、累計約700名を解雇した。1976年度は大卒・高卒の採用を全面中止し、同年秋に管理職を含む250人強を販売会社へ出向させ、産業空調部門の約800人に10日間の一時帰休を実施した。出向者が担った販売店の開拓は当初こそ損失を膨らませたが、1978年には販売会社の売上高が空調売上の31%に達した。1979年には金岡工場内に電子技術センターを開設し、1983年11月期の経常利益は前期比4割強増の55億円と9年ぶりの最高益を見込むまでに戻した。 空調抜本改革計画の立案

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1971〜1994年
在任中の業績
就任前(FY70)565億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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