原田珍重

住友ベークライト・元社長

Harada Uzushige(敬称略)

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社長就任 1955年3月
生年月日 —
学歴 九州帝国大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1900年に北海道で生まれ、1924年3月に九州帝国大学工学部を出て同年4月に住友化学工業へ入った。技術系の出身ながら職歴の中心は親会社側にあり、1955年2月に住友化学工業の取締役へ就任している。翌3月、その職を持ったまま日本ベークライトの取締役社長を兼ねた。系列会社で育った生え抜きではなく、住友化学工業から送り込まれた社長であった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

社長に就任した1955年3月は、日本ベークライトが同じ住友化学工業系列の住友化工材工業と合併し、社名を住友ベークライトへ改めた月にあたる。1960年末の住友化学工業は発行株式の49.8%を握る筆頭株主だった。住友化学工業の取締役に就任した翌月に社長を兼ねた経緯からみて、系列2社を一本化する統合の実行役として親会社が送り込んだ人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

合併で発足した住友ベークライトは、住友化学工業が原料と基礎化学を、住友ベークライトが川下の成形・加工樹脂を担う分業に置かれた。この分業に沿って用途開発の陣容を整え、1962年1月に中央研究所(基礎研究所)を設け、同年10月には静岡工場を新設した。親会社との関係も在任中に改め、1960年2月には住友化学工業の取締役を辞して監査役へ移っている。1965年2月に野口保固氏へ社長を譲った。 日本ベークライトとの合併

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1955〜1965年
在任中の業績
就任前(FY53)9億円
退任時-
変化-
就任前(FY53)10.2%
退任時-
変化-
参考文献 3件
参考文献

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