住友ベークライトの源流は、ベークランド博士の親友であった高峰譲吉博士が特許権実施の許諾を受け、その関係していた三共(第一三共の前身)の品川工場で1911年にベークライトの試作を開始した点にある。[1]試作はやがて事業化し、1914年に製造販売を始め、1919年には向島に工場を新設した。[2]素材であるベークライト(フェノール樹脂)は、アメリカのレオ・ベークランド([3]Leo Baekeland)が1907年に発明した合成樹脂で、電気絶縁性と耐熱性に優れる点が当時の電気・自動車産業の急速な拡大と直結した。そして1932年1月、三共からフェノール系合成樹脂事業を分離独立させて日本ベークライト株式会社が設立された。[4]日本ベークライトはこの素材を国内産業に供給する位置づけで出発し、戦前期の電気部品・配電盤・電話機・絶縁ベースとして用途を広げた。
戦後は1949年3月に株式上場を果たし[5]、住友化学工業(現・住友化学)の傘下に入った。合併相手となる住友化工材工業の起こりは、1938年8月に日本ベークライトが住友化学と共同出資で尼崎に設立した合成樹脂工業所にあり、これがのちに住友化工材工業となった。[6]もともと住友化学の系列下にあった両社は[7]、1955年3月に合併し、社名も住友ベークライト[8]株式会社へ改めた。この合併によって住友財閥系企業の一員に組み込まれ、住友本流の住友化学が原料・基礎化学を担い、住友ベークライトが川下の機能材料・加工樹脂を担う棲み分けが、合併以後の事業構造の出発点となった。1962年1月の中央研究所(基礎研究所)設置と1962[9]年10月の静岡工場開設で[10]、フェノール樹脂を主力としつつ、ノボラック樹脂・成形コンパウンド・積層板へと品種を広げる体制が整った。
この期間に住友ベークライトは、フェノール樹脂専業から住友化学グループの機能材料担当へ転換する過渡期であった。素材のコモディティ性ゆえに事業規模は中堅にとどまったが、住友化学グループ内での川下分業によって、半導体・電子部品・自動車部品向けの技術蓄積が始まる土台が形成された。
創業期の住友ベークライトが扱ったフェノール樹脂は、原料が安価で製法が公開済みの汎用素材であり、素材そのもので差をつけにくい性質をもつ。レオ・ベークランド(Leo Baekeland)の特許も1932年の日本ベークライト設立時点では失効に近く[11]、同種樹脂は国内外の化学各社が手がけられた。素材を作るだけでは値崩れに巻き込まれるため、日本ベークライトは絶縁材・成形材・積層板といった『使い道』を産業ごとに開拓し、加工形態で付加価値を載せる事業の組み立てを早くから選んだ。この用途開拓を軸とする収益の作り方が、後年の半導体封止材や医療素材まで一貫する性格となる。
1955年の住友化工材工業との合併で住友化学グループ[12]に入った後も、規模では住友化学本体に遠く及ばず、住友ベークライトは中堅化学にとどまった。フェノール樹脂は鉄鋼・電機の汎用部材として景気に連動して数量が振れ、価格も原燃料市況に押される。グループ内で原料・基礎化学を住友化学が担う分業のもとで、住友ベークライトは川下の成形・加工に経営資源を寄せ、特定用途で深掘りする方向に活路を求めた。この時期の主力製品はフェノール樹脂、メラミン樹脂のデコラ[13]、樹脂成形材料で、なかでもメラミン化粧板『デコラ』は同種製品として企業化が早く、技術上の優位を背景に堅い地盤を確保した。1962年の中央研究所設置と静岡工場開設は[14]、汎用樹脂を量で売る発想から、用途別の機能材料を研究開発で生み出す発想へ主力を切り替える布石にあたる。
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|---|---|---|---|---|
| 1932〜1962年フェノール樹脂専業から住友化学グループ素材企業への出発 | 三共からフェノール系合成樹脂事業を継承 | ★ | ||
| 日本ベークライトを設立 | ★★ | |||
| 株式上場 | ★ | |||
| 原田珍重 | 日本ベークライトと住友化工材工業の合併、住友化学傘下での住友ベークライト発足 1955年3月、国産フェノール樹脂の草分けである日本ベークライトと、住友化学と共同出資の合成樹脂工業所を源流とする住友化工材工業が合併し、社名を住友ベークライトへ改めた。両社はもともと住友化学工業の系列下にあり、合成樹脂の川下加工を担う会社を一本化する統合であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 原田珍重 | 中央研究所(基礎研究所)発足 | ★ | ||
| 原田珍重 | 静岡工場を新設 | ★ | ||
| 1962〜2010年半導体封止材世界首位の確立と海外展開 | 原田珍重 | 宇都宮工場を新設 | ★ | |
| 原田珍重 | SumiDurez Singapore Pte. Ltd.に出資 | ★ | ||
| 原田珍重 | Sumitomo Bakelite Singapore Pte. Ltd.工場を新設 | ★ | ||
| 原田珍重 | SNC Industrial Laminates Sdn. Bhd.を設立 | ★ | ||
| 原田珍重 | 神戸基礎研究所を新設 | ★ | ||
| 円田直人 | エスエフシイと秋田地区3子会社(秋田ベークライト他)を合併し秋田住友ベークを設立 | ★ | ||
| 円田直人 | 蘇州住友電木有限公司を設立 | ★ | ||
| 円田直人 | 台湾住友培科股份有限公司を設立 | ★ | ||
| 守谷恒夫 | 米国 Occidental Chemical Corporation のフェノール樹脂事業を買収 | ★★ | ||
| 守谷恒夫 | Goodrich Corporationの電子材料研究部門を買収 | ★ | ||
| 守谷恒夫 | Fers Resins, S.A.U. ほか2社を買収 | ★ | ||
| 小川富太郎 | Vyncolit North America, Inc. と同 NV を買収 | ★ | ||
| 小川富太郎 | 南通住友電木有限公司を設立 | ★ | ||
| 2011〜2026年医療機器・モビリティへの第三領域拡張と生成AI需要(2010〜現在) | 林茂 | 基礎研究所と神戸基礎研究所を統合 | ★ | |
| 林茂 | 神戸事業所内に先進技術開発研究所を新設 | ★ | ||
| 林茂 | Vaupell Holdings(米国)の買収と川澄化学工業の子会社化による医療機器・航空機部品事業の構築 2014年4月、住友ベークライトは米国のVaupell Holdingsの買収を発表し、同年6月に約271億円で子会社化して航空機内装部品と医療機器向け成形の領域へ進出した。2019年以降は川澄化学工業を段階的に取り込み、医療機器を半導体封止材に次ぐ第三の領域として組み上げた経営判断である。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 藤原一彦 | 川澄化学工業と資本業務提携 | ★★ | ||
| 藤原一彦 | 川澄化学工業を持分法適用関連会社化 | ★ | ||
| 藤原一彦 | 関連会社の川澄化学工業を株式公開買付と株式売渡請求により完全子会社化 | ★ | ||
| 藤原一彦 | 医療機器事業を会社分割によりSBカワスミへ事業承継 | ★★ |
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事実根拠:出所(住友ベークライト)