住友ベークライト の歴史

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創業 1932年
母体 三共合資会社
創業地 東京都品川区
創業
1932年1月、三共からフェノール系合成樹脂事業を分離独立させて日本ベークライト株式会社が設立された。源流は、高峰譲吉が特許実施の許諾を受け、三共の品川工場で1911年にベークライトの試作を始めたことにある。1914年に製造販売へ移り、1919年には向島に工場を新設した。戦後の1949年3月に株式を上場して住友化学工業の傘下に入り、1955年3月に住友化工材工業と合併して社名を住友ベークライトへ改めた。原料と基礎化学を住友化学、川下の成形と加工を住友ベークライトが担う分業は、ここから始まっている。
決断
素材の性能ではなく、顧客の組立工場の隣に置いた工場で首位に立った。引き継いだフェノール樹脂は製法が公開された汎用素材で、作るだけでは値崩れに巻き込まれる。1970年代以降はエポキシ樹脂封止材へ経営資源を集中し、1984年11月に宇都宮工場を量産拠点として開設した。封止材は1個あたりの単価が低く、輸送費と在庫負担を載せると採算が崩れる。そこで1989年にシンガポール、1995年に蘇州、1998年に台湾と、半導体の組立が集まる土地へ工場を並べた。同じ品質と短納期を後発が再現しにくい参入障壁を、立地そのものが作っている。
現況
三つの事業の売上が、ほぼ同じ大きさで並ぶ会社になった。2026年3月期の連結売上収益は3,198億円と過去最高を更新し、営業利益は354億円。内訳はクオリティオブライフ関連製品1,071億円、半導体関連材料1,063億円、高機能プラスチック1,054億円で、構成比はいずれも33%前後にとどまる。生成AI向けの先端パッケージングの需要が、半導体関連材料を前期の913億円から押し上げた。2014年の米Vaupellを買収して川澄化学工業を子会社とした判断が、医療機器と航空機部品を三つめの領域として加えている。
競合
世界首位の製品を持ちながら、半導体へ売上を寄せなかった。2009年3月期は営業損益16億円・最終損益79億円の赤字で、首位でも半導体サイクルの底では赤字を避けられていない。この経験が事業の幅を広げる動機となり、買収の相手には医療機器と航空機部品が選ばれた。同じ後工程材料を扱うレゾナックホールディングスが日立化成を約9,600億円で買収し半導体・電子材料へ資金を寄せたのに対し、住友ベークライトの半導体関連材料は売上の33%にとどまる。首位の製品を3分の1に抑えたことが、需要の谷で損益を支える二つの売り先を残した。
住友ベークライト:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー フェノール樹脂専業から住友化学グループ素材企業への出発 (1932年〜)

三共からの事業継承・1955年住友化工材工業合併と機能材料担当への過渡期

住友ベークライトの源流は、ベークランド博士の親友であった高峰譲吉博士が特許権実施の許諾を受け、その関係していた三共(第一三共の前身)の品川工場で1911年にベークライトの試作を開始した点にある。[1]試作はやがて事業化し、1914年に製造販売を始め、1919年には向島に工場を新設した。[2]素材であるベークライト(フェノール樹脂)は、アメリカのレオ・ベークランド([3]Leo Baekeland)が1907年に発明した合成樹脂で、電気絶縁性と耐熱性に優れる点が当時の電気・自動車産業の急速な拡大と直結した。そして1932年1月、三共からフェノール系合成樹脂事業を分離独立させて日本ベークライト株式会社が設立された。[4]日本ベークライトはこの素材を国内産業に供給する位置づけで出発し、戦前期の電気部品・配電盤・電話機・絶縁ベースとして用途を広げた。

  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968)
    • [1]ベークランド博士の親友であった高峰譲吉博士が特許権実施の許諾を受け、三共の品川工場で1911年(明治44年)に試作を開始した
    • [2]1914年(大正3年)に製造販売を始め、1919年(大正8年)に向島に工場を新設した
    • [3]ベークライト(フェノール樹脂)はアメリカのレオ・ベークランド博士が1907年に発明した合成樹脂である
  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1932年1月 三共よりフェノール系合成樹脂事業を分離独立させて日本ベークライト株式会社を設立

戦後は1949年3月に株式上場を果たし[5]、住友化学工業(現・住友化学)の傘下に入った。合併相手となる住友化工材工業の起こりは、1938年8月に日本ベークライトが住友化学と共同出資で尼崎に設立した合成樹脂工業所にあり、これがのちに住友化工材工業となった。[6]もともと住友化学の系列下にあった両社は[7]、1955年3月に合併し、社名も住友ベークライト[8]株式会社へ改めた。この合併によって住友財閥系企業の一員に組み込まれ、住友本流の住友化学が原料・基礎化学を担い、住友ベークライトが川下の機能材料・加工樹脂を担う棲み分けが、合併以後の事業構造の出発点となった。1962年1月の中央研究所(基礎研究所)設置と1962[9]年10月の静岡工場開設で[10]、フェノール樹脂を主力としつつ、ノボラック樹脂・成形コンパウンド・積層板へと品種を広げる体制が整った。

  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
    • [5]1949年3月 株式上場
    • [8]1955年3月 日本ベークライト㈱と住友化工材工業㈱が合併して住友ベークライト㈱となる
    • [9]1962年1月 中央研究所(基礎研究所)発足
    • [10]1962年10月 静岡工場開設
  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968)
    • [6]1938年(昭和13年)8月 日本ベークライトが住友化学と共同出資で尼崎に合成樹脂工業所を設立し、これがのちに住友化工材工業となった
    • [7]住友化工材工業は住友化学の系列下にあった

この期間に住友ベークライトは、フェノール樹脂専業から住友化学グループの機能材料担当へ転換する過渡期であった。素材のコモディティ性ゆえに事業規模は中堅にとどまったが、住友化学グループ内での川下分業によって、半導体・電子部品・自動車部品向けの技術蓄積が始まる土台が形成された。

  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968)
    • [1]ベークランド博士の親友であった高峰譲吉博士が特許権実施の許諾を受け、三共の品川工場で1911年(明治44年)に試作を開始した
    • [2]1914年(大正3年)に製造販売を始め、1919年(大正8年)に向島に工場を新設した
    • [3]ベークライト(フェノール樹脂)はアメリカのレオ・ベークランド博士が1907年に発明した合成樹脂である
    • [6]1938年(昭和13年)8月 日本ベークライトが住友化学と共同出資で尼崎に合成樹脂工業所を設立し、これがのちに住友化工材工業となった
    • [7]住友化工材工業は住友化学の系列下にあった
  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1932年1月 三共よりフェノール系合成樹脂事業を分離独立させて日本ベークライト株式会社を設立
    • [5]1949年3月 株式上場
    • [8]1955年3月 日本ベークライト㈱と住友化工材工業㈱が合併して住友ベークライト㈱となる
    • [9]1962年1月 中央研究所(基礎研究所)発足
    • [10]1962年10月 静岡工場開設

コモディティ素材ゆえに用途開拓で生き残る中堅化学の出発点

創業期の住友ベークライトが扱ったフェノール樹脂は、原料が安価で製法が公開済みの汎用素材であり、素材そのもので差をつけにくい性質をもつ。レオ・ベークランド(Leo Baekeland)の特許も1932年の日本ベークライト設立時点では失効に近く[11]、同種樹脂は国内外の化学各社が手がけられた。素材を作るだけでは値崩れに巻き込まれるため、日本ベークライトは絶縁材・成形材・積層板といった『使い道』を産業ごとに開拓し、加工形態で付加価値を載せる事業の組み立てを早くから選んだ。この用途開拓を軸とする収益の作り方が、後年の半導体封止材や医療素材まで一貫する性格となる。

  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1932年 日本ベークライト設立(本段落の年次基点)

1955年の住友化工材工業との合併で住友化学グループ[12]に入った後も、規模では住友化学本体に遠く及ばず、住友ベークライトは中堅化学にとどまった。フェノール樹脂は鉄鋼・電機の汎用部材として景気に連動して数量が振れ、価格も原燃料市況に押される。グループ内で原料・基礎化学を住友化学が担う分業のもとで、住友ベークライトは川下の成形・加工に経営資源を寄せ、特定用途で深掘りする方向に活路を求めた。この時期の主力製品はフェノール樹脂、メラミン樹脂のデコラ[13]、樹脂成形材料で、なかでもメラミン化粧板『デコラ』は同種製品として企業化が早く、技術上の優位を背景に堅い地盤を確保した。1962年の中央研究所設置と静岡工場開設は[14]、汎用樹脂を量で売る発想から、用途別の機能材料を研究開発で生み出す発想へ主力を切り替える布石にあたる。

  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
    • [12]1955年 住友化工材工業との合併(住友化学グループ編入)
    • [14]1962年 中央研究所設置と静岡工場開設
  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968)
    • [13]主力製品はフェノール樹脂・メラミン樹脂のデコラ・樹脂成形材料で、デコラは同種製品として企業化が早く技術上も優位にあって堅い地盤を確保していた
  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1932年 日本ベークライト設立(本段落の年次基点)
    • [12]1955年 住友化工材工業との合併(住友化学グループ編入)
    • [14]1962年 中央研究所設置と静岡工場開設
  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968)
    • [13]主力製品はフェノール樹脂・メラミン樹脂のデコラ・樹脂成形材料で、デコラは同種製品として企業化が早く技術上も優位にあって堅い地盤を確保していた

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住友ベークライトの沿革1932〜2021年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1932〜1962年フェノール樹脂専業から住友化学グループ素材企業への出発三共からフェノール系合成樹脂事業を継承
日本ベークライトを設立★★
株式上場
原田珍重日本ベークライトと住友化工材工業の合併、住友化学傘下での住友ベークライト発足

1955年3月、国産フェノール樹脂の草分けである日本ベークライトと、住友化学と共同出資の合成樹脂工業所を源流とする住友化工材工業が合併し、社名を住友ベークライトへ改めた。両社はもともと住友化学工業の系列下にあり、合成樹脂の川下加工を担う会社を一本化する統合であった。

詳細を読む
★★★
原田珍重中央研究所(基礎研究所)発足
原田珍重静岡工場を新設
1962〜2010年半導体封止材世界首位の確立と海外展開原田珍重宇都宮工場を新設
原田珍重SumiDurez Singapore Pte. Ltd.に出資
原田珍重Sumitomo Bakelite Singapore Pte. Ltd.工場を新設
原田珍重SNC Industrial Laminates Sdn. Bhd.を設立
原田珍重神戸基礎研究所を新設
円田直人エスエフシイと秋田地区3子会社(秋田ベークライト他)を合併し秋田住友ベークを設立
円田直人蘇州住友電木有限公司を設立
円田直人台湾住友培科股份有限公司を設立
守谷恒夫米国 Occidental Chemical Corporation のフェノール樹脂事業を買収★★
守谷恒夫Goodrich Corporationの電子材料研究部門を買収
守谷恒夫Fers Resins, S.A.U. ほか2社を買収
小川富太郎Vyncolit North America, Inc. と同 NV を買収
小川富太郎南通住友電木有限公司を設立
2011〜2026年医療機器・モビリティへの第三領域拡張と生成AI需要(2010〜現在)林茂基礎研究所と神戸基礎研究所を統合
林茂神戸事業所内に先進技術開発研究所を新設
林茂Vaupell Holdings(米国)の買収と川澄化学工業の子会社化による医療機器・航空機部品事業の構築

2014年4月、住友ベークライトは米国のVaupell Holdingsの買収を発表し、同年6月に約271億円で子会社化して航空機内装部品と医療機器向け成形の領域へ進出した。2019年以降は川澄化学工業を段階的に取り込み、医療機器を半導体封止材に次ぐ第三の領域として組み上げた経営判断である。

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★★★
藤原一彦川澄化学工業と資本業務提携★★
藤原一彦川澄化学工業を持分法適用関連会社化
藤原一彦関連会社の川澄化学工業を株式公開買付と株式売渡請求により完全子会社化
藤原一彦医療機器事業を会社分割によりSBカワスミへ事業承継★★
出典・参考
  • 住友ベークライト 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968)

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