興行を松竹に任せ、劇場を貸す家主として収入を固めてきた会社である。まず1951年に復興工事費へ充当するため資本金を2億5千万円へ増やし、1952年7月に東京証券取引所へ上場した。1954年2月には松竹が所有していた歌舞伎座別館を現物出資で受け入れて資本金を3億円とし、貸事務所と劇場付属の施設に改めて賃貸に充てた。同年4月には全額出資で歌舞伎座サービスを設立し、食堂と売店の経営を刷新。一方で賃貸以外へも事業を広げ、1956年3〜8月期から映画収入の計上を始めた。1959年3〜8月期には映画収入301,792千円が賃貸収入57,628千円の5倍を上回り、京都撮影所でTV映画とPR映画を製作した。