決断
住宅地図の製作を人手から機械へ移し、版を共用できるデータに作り替えた会社である。1977年に手書きの文字を写植へ切り換えたものの、人手に依存する製作の限界は残った。1980年に父の急逝で2代目社長に就任した大迫忍氏は、1981年に日立製作所と製作システムの共同開発を始めた。1982年の最終決定では約600人の社員の賛否が割れ、ノウハウの流出と人員削減を懸念する反対を押し切っている。1983年には製造と販売の3社を合併して意思決定を一本化し、1984年に住宅地図製作自動化システムを確立。1986年11月にはデータベース「Zmap電子地図」を開発した。