大分銀行の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

創業から30年余りの判断は、元手の積み増しと関係銀行の救済に費やされた。日清戦争後の1895年から1898年に3回の増資で資本金を50万円とし、大戦景気の1918年には青莚・柳ケ浦の2行を合併したうえで11月に300万円へ増資した。1921年11月の6行合併は外形こそ政府の合同政策に沿ったが、実態は分身の豊後銀行など倒産寸前の関係銀行の救済で、償却を済ませない不良資産を負った。その結果、1922年12月の取り付けで休業し、資本金430万円を25万円まで減資して預金550万円を切り捨てる整理条項で再出発する。小野駿一頭取以下の全役員が退任し、加島銀行頭取の廣岡惠三氏が頭取に就任した。

免責事項およびポリシー