四国銀行の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

士族の公債を元手に生まれ、同じ高知の国立銀行を合併して規模を整えた銀行である。出発点は1876年の国立銀行条例の改正で、金禄公債を銀行券発行の抵当に充てることが認められた。第37国立銀行は1879年の増資で資本金を25万円とし、株主252人の7割は20株以下の小口だった。1885年下半季には紙幣整理の影響で純益金が13%減少し、翌1886年3月には役職員23人が血判の誓約書を作成している。その後、1896年3月の営業満期前特別処分法を受けて同年9月に第127国立銀行を合併し、国立銀行から私立銀行へ移った。

同業他社の業績概況

免責事項およびポリシー