決断
終戦の翌年、本店を郡山市から県都の福島市へ移した。1946年12月、福島支店を応急工事で広げて本店とし、郡山の旧本店は郡山支店として残った。移転を進めたのは、同年7月に日本銀行から迎えた副頭取の須藤仁郎氏で、郡山市長に事情を説いて了承を取りつけた。終戦直後で店舗や行員住宅の確保を危ぶむ声があり、頭取の佐藤安二氏も郡山の人々の受け止め方を案じていた。県庁と日銀の支店がある福島市なら、県金庫と日銀代理店の引受けを有利に交渉できると見込んだ。1947年4月に福島県の本金庫を勧銀から引き継ぎ、1948年12月には県内の日銀代理店事務をすべて担った。本店を県都に置いたことが、公金を扱う銀行への道を開いた。