東邦銀行の歴史
沿革
1941年に郡山商業銀行など3行が合併して設立された銀行が起源。
1946年に本店を福島市へ移転し、1947年から福島県の金庫事務を受託して県の公金を扱ってきた。福島県を地盤とする地方銀行で、リース・カード・証券の子会社を抱える。
創業期
1941年〜郡山商業銀行など3行の合併による設立と福島市への本店移転
- 郡山商業銀行など3行の合併で東邦銀行を設立[1]
- 三春銀行など3行の営業を譲受[1]
- 矢吹銀行など3行を吸収合併[1]
- 預金1億円を達成[2]
- 佐藤安二氏が頭取に就任[3]
- 福島貯蓄銀行を吸収合併[1]
- 本店を福島市に移転[4]
- 福島県の金庫事務を受託[3]
- 預金10億円を達成[2]
- 日本銀行代理店を全面的に引き受け[2]
- 再建整備法により資本金の90%を切り捨てて減資[3]
- 再建整備計画に基づき3,200万円に増資[4]
- 預金100億円を突破[3]
- 本店で普通預金記帳会計機を採用[5]
- 須藤仁郎氏が頭取に就任[3]
- 佐藤安二氏が会長に就任[5]
- 初の県外支店として東京支店を開設[2]
- 預金500億円を突破[2]
- モーターローンの取扱いを開始[2]
- 預金1,000億円を達成[2]
売上高
- 売上高
東邦銀行売上高—
成長期
1969年〜東証一部指定替えと東邦リース・東邦カードの設立
- 外国為替業務を開始[1]
- コンピュータが稼働[2]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 事務センター社屋を新築[2]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 預金5,000億円を突破[2]
- 総合オンラインシステムが稼働[2]
- 全店総合オンラインシステムが完成[2]
- 第2次オンラインシステムが稼働[2]
- 預金1兆円を達成[2]
- 福島経済研究所を設立[2]
- 証券業務を開始[1]
- 店舗数100ヵ店を達成[2]
- 東邦リースを設立[1]
- 東邦カードを設立[1]
- 債券ディーリング業務を開始[1]
- 第3次オンラインシステムが稼働[2]
- ニューヨーク駐在員事務所を開設[2]
- 香港駐在員事務所を開設[2]
- 東邦銀行文化財団を設立[2]
売上高
- 売上高
東邦銀行売上高—
成長期
1994年〜信託業務への参入とうつくしま未来ファンドの組成
- 新事務センターを新築[2]
- 信託業務を開始[1]
- 新オンラインシステムが稼働[2]
- スタンダード&プアーズから格付けを取得[2]
- インターネットにホームページを開設[2]
- ニューヨーク駐在員事務所を閉鎖[2]
- 香港駐在員事務所を閉鎖[2]
- 投資信託の窓口販売を開始[1]
- 損害保険業務を開始[1]
- 確定拠出年金業務の取扱いを開始[2]
- 生命保険業務を開始[1]
- 新勘定系システム「PROBANK」が稼働[2]
- アイワイバンク銀行とATM利用提携を実施[2]
- 事業性融資の専門店「ビジネスローンプラザ郡山支店」を開設[2]
- インターネットバンキングシステムが稼働[2]
- 証券仲介業務を開始[1]
- 銀行本体発行のクレジットカードの取扱いを開始[1]
- 地方銀行4行とATM提携を開始[2]
- 中小企業再生ファンド「うつくしま未来ファンド」を設立[2]
- 新営業店システムが稼働[2]
- とうほうスマイルを設立[1]
成熟期
2015年〜とうほう証券の設立から野村證券との吸収分割の決定まで
- とうほう証券を設立[1]
- とうほう証券が開業[2]
- 「TSUBASAアライアンス」に参加[2]
- 中期経営計画「とうほう“健康バンク・健全バンク”」を開始[2]
- 監査等委員会設置会社に移行[2]
- 「ESGへの取組み方針」を制定[2]
- 「とうほうSDGs宣言」を制定[2]
- 総預金6兆円を達成[2]
- 長期ビジョン「地域社会に貢献する会社へ」を制定[2]
- プライム市場に移行[1]
- 東邦コンサルティングパートナーズを設立[1]
- 野村證券と金融商品仲介業務の包括的業務提携で基本合意[2]
- 経済産業省の「DX認定事業者」に認定[2]
- TSUBASA基幹系システム共同化に移行[2]
- 福島国際研究教育機関(F-REI)と包括連携協定を締結[2]
- 新たな経営理念体系を制定[2]
- 野村證券との間で吸収分割を決定[6]
- 東邦カードと東邦クレジットサービスが合併[2]
- 東邦ITヒューマンソリューションズを設立[2]
- 関根貴氏が専務取締役(代表取締役)に就任[6]