決断
外地に店を増やすたびに、内地の仕入の足場を固め直した会社である。1910年の創業時から、大連の店とは別に大阪に仕入部を置き、日本の品を直接仕入れて満鉄に納めた。1917年には第一次世界大戦で事務用品が値上がりするなか、大阪に卸部を設けて西日本へ販路を拡大し、外地支店に頼らない収益源をつくった。1937年1月に本店を奉天へ移したあとも、1939年9月には東京の日本橋に輸出部を設け、海外支店向けの仕入を内地の営業店から切り離した。統制が強まった1941年5月には社業を10社・営業所21か所に分け、東京と大阪に独立した内田洋行を残している。