内田洋行の歴史
沿革
1910年に創立された翠苔号が起源。
1948年に科学教材部を設けて学校向けの教材を手がけ、1962年に電子計算機事業部を設置して1972年に富士通と業務提携した。教育・オフィス・情報システムを手がける専門商社である。
創業期
1910年〜翠苔号の創立と東京・大阪の内田洋行設立
- 翠苔号を創立[1]
- 内田洋行に商号変更[2]
- 国内で卸を開始[3]
- 「ヘンミ式計算尺」の国産化を推進[4]
- 東京と大阪に内田洋行を設立[5]
売上高
- 売上高
内田洋行売上高—
転換期
1945年〜外地権益の喪失と東京・大阪の内田洋行の合併
- 終戦により外地の権益を喪失[6]
- 札幌支店を開設[7]
- 科学教材部を設置[6]
- 東京の内田洋行と大阪の内田洋行が合併[6]
- マジックインキを発売[7]
- 東京店の新社屋が中央区宝町に竣工[7]
- カシオ計算機と「カシオ14-A」の総代理店契約を締結[4]
売上高
- 売上高
内田洋行売上高—
成長期
1962年〜電子計算機事業部の設置と市場第一部への指定替え
- 電子計算機事業部を設置[6]
- 貿易事業部を設置[6]
- 東京証券取引所・大阪証券取引所市場第二部に上場[4]
- 東北ユーザックを設立[8]
- 東京証券取引所・大阪証券取引所市場第一部に指定替え[4]
- 新川に本社を建設[6]
- 富士通と業務提携[6]
- 日本オフィスメーションを設立[8]
- ウチダエムケーを設立[6]
売上高
- 売上高
内田洋行売上高—
安定成長期
1994年〜犬山・江戸崎の物流網拡大とウチダエスコの完全子会社化
- 犬山物流センターを取得[6]
- エッグヘッドウチダを設立[6]
- ウチダ人材開発センタを設立[6]
- ウチダエスコが日本証券業協会に店頭登録[6]
- キャビン工業を完全子会社化[8]
- 江戸崎物流センターを建設[6]
- 釜山新港物流センターを開設[6]
- 買収防衛策を導入[9]
- プライム市場に移行[6]
- ウチダエスコを完全子会社化[6]