武蔵精密工業:大塚製作所の創業とミシン部品への転換
1938年〜品川区戸越の大塚製作所と、資本金25万円の大塚航空工業
1938年4月、大塚美春氏は東京都品川区戸越で個人経営の大塚製作所を創業した。最初の製品は航空発動機用の気化器の部分品であり、大塚製作所はその製造と販売から事業を始めた。大塚美春氏は1905年(明治38年)2月に愛知県豊橋市で生まれ、創業の時点で33歳だった。1991年の商工ジャーナルの略歴は、大塚製作所の創業地を東京・武蔵野市と記している。いずれの記載でも創業の地は郷里の豊橋ではなく東京であり、製品は完成品ではなく発動機の部分品だった。1938年は日中戦争下で軍用機の増産が進み、東京に集まる発動機部品の下請けの口が、大塚美春氏を東京での創業に向かわせたのだろう。
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- [1]1938年4月、大塚美春が品川区戸越に個人経営の大塚製作所を創業し、航空発動機用気化器の部分品の製造販売を開始
- [2]1938年4月、大塚美春が品川区戸越に個人経営の大塚製作所を創業し、航空発動機用気化器の部分品の製造販売を開始
- [5]1938年4月、大塚美春が品川区戸越に個人経営の大塚製作所を創業し、航空発動機用気化器の部分品の製造販売を開始
- 商工ジャーナル 17(10) 1991年10月
- [3]大塚美春は明治38年2月生まれ、愛知県豊橋市出身。略歴は昭和13年に東京・武蔵野市で大塚製作所を創立と記す
- [4]大塚美春は明治38年2月生まれ、愛知県豊橋市出身。略歴は昭和13年に東京・武蔵野市で大塚製作所を創立と記す
- [6]大塚美春は明治38年2月生まれ、愛知県豊橋市出身。略歴は昭和13年に東京・武蔵野市で大塚製作所を創立と記す
1944年1月、大塚美春氏は個人経営の大塚製作所を法人に改め、資本金250千円で大塚航空工業株式会社を設立した。本店は東京都北多摩郡武蔵野町に置かれ、社長は大塚美春氏が務めた。1991年の商工ジャーナルの略歴は、この社名を大塚航空機工業と記している。有価証券報告書の沿革にある大塚航空工業とは1字の違い。武蔵精密工業は1998年12月の株式店頭公開に際し、会社の設立を創業の1938年ではなく1944年1月と説明した。戦時の統制が強まるなかで軍需の発注を受け続けるには、個人経営より会社組織のほうが有利だったと推察される。
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- [7]1944年1月、個人経営を法人化し資本金250千円で北多摩郡武蔵野町に大塚航空工業株式会社を設立
- [8]1944年1月、個人経営を法人化し資本金250千円で北多摩郡武蔵野町に大塚航空工業株式会社を設立
- [11]1944年1月、個人経営を法人化し資本金250千円で北多摩郡武蔵野町に大塚航空工業株式会社を設立
- 商工ジャーナル 17(10) 1991年10月
- [9]略歴は昭和19年に大塚航空機工業㈱に組織変更し社長に就任と記す
- [10]略歴は昭和19年に大塚航空機工業㈱に組織変更し社長に就任と記す
- [12]略歴は昭和19年に大塚航空機工業㈱に組織変更し社長に就任と記す
- 証券アナリストジャーナル 37(1) 1998年12月(企業紹介)
- [13]武蔵精密工業の設立は1944年1月(1998年12月の店頭公開時の会社説明)
参考文献[1]-[13]
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- [1]1938年4月、大塚美春が品川区戸越に個人経営の大塚製作所を創業し、航空発動機用気化器の部分品の製造販売を開始
- [2]1938年4月、大塚美春が品川区戸越に個人経営の大塚製作所を創業し、航空発動機用気化器の部分品の製造販売を開始
- [5]1938年4月、大塚美春が品川区戸越に個人経営の大塚製作所を創業し、航空発動機用気化器の部分品の製造販売を開始
- [7]1944年1月、個人経営を法人化し資本金250千円で北多摩郡武蔵野町に大塚航空工業株式会社を設立
- [8]1944年1月、個人経営を法人化し資本金250千円で北多摩郡武蔵野町に大塚航空工業株式会社を設立
- [11]1944年1月、個人経営を法人化し資本金250千円で北多摩郡武蔵野町に大塚航空工業株式会社を設立
- 商工ジャーナル 17(10) 1991年10月
- [3]大塚美春は明治38年2月生まれ、愛知県豊橋市出身。略歴は昭和13年に東京・武蔵野市で大塚製作所を創立と記す
- [4]大塚美春は明治38年2月生まれ、愛知県豊橋市出身。略歴は昭和13年に東京・武蔵野市で大塚製作所を創立と記す
- [6]大塚美春は明治38年2月生まれ、愛知県豊橋市出身。略歴は昭和13年に東京・武蔵野市で大塚製作所を創立と記す
- [9]略歴は昭和19年に大塚航空機工業㈱に組織変更し社長に就任と記す
- [10]略歴は昭和19年に大塚航空機工業㈱に組織変更し社長に就任と記す
- [12]略歴は昭和19年に大塚航空機工業㈱に組織変更し社長に就任と記す
- 証券アナリストジャーナル 37(1) 1998年12月(企業紹介)
- [13]武蔵精密工業の設立は1944年1月(1998年12月の店頭公開時の会社説明)
1946年〜郷里の豊橋へ移った武蔵産業と、天秤カム・送りカムのミシン部品
終戦後の1946年10月、大塚航空工業は本社を愛知県豊橋市大崎町に移し、商号を武蔵産業株式会社に改めた。移転先の豊橋市は大塚美春氏の出身地。1991年の商工ジャーナルの略歴は、豊橋への移転と武蔵産業への改称を昭和22年の出来事として記している。新しい商号から「航空」の2字が消え、「武蔵」の2字が冠された。武蔵産業の商号は、1963年9月に武蔵精密工業株式会社へ改めるまで17年間続いた。航空機の製造が禁じられて元の仕事が絶えたため、大塚美春氏は地縁のある郷里で事業を立て直そうとしたとみられる。
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- [14]1946年10月、終戦後に本社を豊橋市大崎町へ移転し商号を武蔵産業株式会社に変更。1963年9月に武蔵精密工業株式会社に商号変更
- [17]1946年10月、終戦後に本社を豊橋市大崎町へ移転し商号を武蔵産業株式会社に変更。1963年9月に武蔵精密工業株式会社に商号変更
- [18]1946年10月、終戦後に本社を豊橋市大崎町へ移転し商号を武蔵産業株式会社に変更。1963年9月に武蔵精密工業株式会社に商号変更
- 商工ジャーナル 17(10) 1991年10月
- [15]大塚美春は愛知県豊橋市出身。略歴は昭和22年に本社を豊橋市に移し武蔵産業と改称と記す
- [16]大塚美春は愛知県豊橋市出身。略歴は昭和22年に本社を豊橋市に移し武蔵産業と改称と記す
1947年4月、武蔵産業はミシン部品の製造に転換し、天秤カムと送りカムを中心に製造販売を始めた。航空発動機の気化器部品から、民需の家庭用機械の部品へ主力製品を切り替えた。ミシン部品の時代は、1956年9月に本田技研工業と取引を開始するまで約9年続いた。本田技研工業との取引はカムシャフトとギヤの二輪自動車部品から始まった。1998年3月期にはカムシャフトが売上高の18.9%を占め、本田技研工業向けの売上は全体の65.6%に達した。気化器の部分品からミシンのカムへ移る間に保った精密な切削加工の技術が、のちに本田技研工業からカムシャフトを受注する素地になったと思われる。
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- [19]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- [20]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- [21]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- [22]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- 証券アナリストジャーナル 37(1) 1998年12月(企業紹介)
- [23]1998年3月期の売上構成はカムシャフト18.9%、取引先別で本田技研工業65.6%。本田技研工業との取引開始は1956年
参考文献[14]-[23]
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- [14]1946年10月、終戦後に本社を豊橋市大崎町へ移転し商号を武蔵産業株式会社に変更。1963年9月に武蔵精密工業株式会社に商号変更
- [17]1946年10月、終戦後に本社を豊橋市大崎町へ移転し商号を武蔵産業株式会社に変更。1963年9月に武蔵精密工業株式会社に商号変更
- [18]1946年10月、終戦後に本社を豊橋市大崎町へ移転し商号を武蔵産業株式会社に変更。1963年9月に武蔵精密工業株式会社に商号変更
- [19]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- [20]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- [21]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- [22]1947年4月、ミシン部品製造に転換し天秤カム・送りカム等を製造販売。1956年9月に本田技研工業と取引開始、カムシャフト・ギヤなど2輪自動車部品の製造開始
- 商工ジャーナル 17(10) 1991年10月
- [15]大塚美春は愛知県豊橋市出身。略歴は昭和22年に本社を豊橋市に移し武蔵産業と改称と記す
- [16]大塚美春は愛知県豊橋市出身。略歴は昭和22年に本社を豊橋市に移し武蔵産業と改称と記す
- 証券アナリストジャーナル 37(1) 1998年12月(企業紹介)
- [23]1998年3月期の売上構成はカムシャフト18.9%、取引先別で本田技研工業65.6%。本田技研工業との取引開始は1956年
出典・参考
3件
- 有価証券報告書 2025年3月期(武蔵精密工業 第98期)沿革
- 商工ジャーナル 17(10) 1991年10月
- 証券アナリストジャーナル 37(1) 1998年12月(企業紹介)