東芝テックの歴史
沿革
1919年に間宮堂が大仁で始めた金庫・加減算機の製造が起源。
1926年に国内初の金銭登録機を発売し、1979年にはPOSシステムを米国へ輸出した。2012年にIBMからグローバルコマース事業を譲り受けた、POSシステムを主力とするメーカーである。
創業期
1919年〜間宮堂の金庫製造と国産金銭登録機の製造開始
- 間宮堂が大仁で金庫・加減算機の製造を開始[1]
- 国内初の金銭登録機を発売[1]
- 藤山愛一郎氏が日本金銭登録機を設立[2]
- 米国ナショナル金銭登録機が株式の80%を取得[2]
- 経済統制で金銭登録機の製造を中止[2]
- 東京芝浦電気が買収[1]
- 軍指定工場「護国第十工場」に指定[2]
- 民需転換の許可を取得[2]
売上高
- 売上高
東芝テック売上高—
成長期
1950年〜東京電気器具の設立と東証市場第一部への指定
- 国産初のW蛍光灯器具を発売[3]
- 東京電気器具として設立[1]
- 掃除機の生産を開始[3]
- ミキサーの生産を開始[1]
- 東京電気に商号変更[1]
- 東京工場を開設[1]
- 金銭登録機の生産を再開[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 三島工場を開設[1]
- 世界初のマジックバッグ・クリーナーを発売[1]
- 電動加算機「トステック」の生産を開始[1]
- 東芝事務機を吸収合併[1]
- 郵政省向け為替貯金窓口会計機を納入[1]
- 本社事務所を東京都千代田区内神田に開設[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定[1]
- 米国に TEC AMERICA, INC. を設立[1]
- 電子料金はかり「ハイ・メトロン」の生産を開始[1]
売上高
- 売上高
東芝テック売上高—
成長期
1971年〜電子レジスター「マコニック」とPOSシステムの米国輸出
- 電子レジスター「マコニック」の生産を開始[1]
- 世界初のマイコンチップ搭載の電子レジスターを開発[1]
- 東京工場秦野分工場を開設[1]
- オフィスコンピューターの生産を開始[1]
- ロードセルはかりの生産を開始[1]
- プリンタ分野に参入[1]
- POSシステムを米国へ輸出[1]
- 技術研究所を設立[1]
- 事務用コンピュータ「事務コン帳作シリーズ」を発売[1]
- 晴海にシステムセンターを設置[1]
- シンガポールで海外生産を開始[1]
- サントリーと酒販店向けPOSシステムを共同開発[1]
- 業界初の縦型定置式スキャナを発売[1]
- バーコード事業を本格化[1]
- 日本IBMと合弁でアプティを設立[1]
- 中国に合弁会社の北京商融電子器具を設立[1]
- テックに商号変更[1]
- 香港に国際資材調達会社TEC HONG KONGを設立[1]
売上高
- 売上高
東芝テック売上高—
転換期
1999年〜複写機事業の譲受とIBMグローバルコマース事業の買収
- 東芝テックに商号変更[1]
- 東芝から複写機事業を譲受[1]
- 東芝ライテックへ照明事業を譲渡[1]
- マイクロソフトと流通システム開発で業務提携[1]
- 消せるトナー対応の複合機「e-STUDIO 350EB」を発売[1]
- 東京地区の事務所を品川区東五反田に統合・移転[1]
- セルフチェックアウトシステム「WILLPOS-Self」を発売[1]
- 東芝家電製造へ家電事業を譲渡[1]
- 国際チャートを公開買付けにより子会社化[1]
- IBMからグローバルコマース事業を譲受[4]
- ペーパーリユースシステム「Loops」を発売[1]
- 電子レシートサービス「スマートレシート」を発売[1]
- 東京証券取引所プライム市場に移行[4]
- エトリアへ複合機とオートIDの開発・製造を承継[4]
- 理想テクノロジーズへインクジェットヘッド事業を承継[4]
- エトリアへの承継で持分変動利益を計上[5]
- エトリア子会社の縮小に伴う経済補償金負担を計上[5]
- 投資有価証券評価損を計上[5]
- TBJHが親会社に異動[5]
- 大西泰樹氏が代表取締役社長に就任[5]