井関邦三郎
井関農機・元社長
社長就任1936年3月
生年月日—
学歴三間村尋常高等小学校
出自—
経歴1924〜1970年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1924年主要役職の状況(推定含む目安)1970年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 井関農具製作所(個人営業) | 1924 | 創業 | ||
| 井関農具商会・株式会社井関製作所 | 1926 | 創立 | |||
| 1931 | 改組 | ||||
| 東洋農機株式会社 | 1935 | 設立 | |||
| 井関農機 | 1936 | 設立 社長 | |||
| 1966 | 社長 退任 | ||||
| 1966 | — | ||||
| 1970 | — | ||||
| 1970 | 死去 |
社長就任までの出自
出自
1899年7月2日、愛媛県北宇和郡三間村の農家に生まれた。6歳で母と死別して祖母に育てられ、1914年3月に三間村尋常高等小学校を終えて家業の農業を継いだ。小柄で体力に乏しく農業を続ける見通しが立たなかったため、1918年に田畑と家屋敷を売り払って得た3635円を元手に、肥料の行商へ転じた。1919年初夏に宇和島で大野式中耕除草機を見かけ、その特約販売で農機具事業へ参入した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1926年8月に松山で井関農具商会を創立して事業を率い、1931年6月には資本金5万円の株式会社井関製作所へ改めて社長となった。1935年2月に吉田商工部と共同出資で東洋農機株式会社を発足させたが、社長は吉田為三郎氏が務め、井関邦三郎氏は副社長にとどまった。製品づくりの方針をめぐって吉田側と決別し、東洋農機の解散を決めたうえで、1936年3月20日に資本金50万円の井関農機株式会社を設立して代表取締役に就任した。
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献5件
参考文献
- 井関農機60年史(井関農機, 1989)第1章第1節(1)創業
- 井関農機60年史(井関農機, 1989)第1章第1節(2)井関農具商会の創立・(3)東洋農機の設立と解散
- 井関農機60年史(井関農機, 1989)第1章第2節 井関農機株式会社の設立
- 井関農機60年史(井関農機, 1989)第5章 坂本社長の就任・井関邦三郎会長の逝去
- 国立国会図書館サーチ『井関邦三郎伝』(秋永芳郎)書誌の読み「イセキ クニサブロウ デン」
事実根拠:出所(井関農機)