小畑千秋

日本ペイント・元取締役社長

Obata Chiaki(敬称略)

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社長就任 1965年
生年月日 —
学歴 神戸商業大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1911年に兵庫で生まれ、1935年3月に神戸商業大学を卒業して1937年12月に日本ペイントへ入った。1944年2月に取締役総務部長、1945年10月に大阪支店長を兼ね、1946年2月に常務取締役、1952年12月に専務取締役へ進んだ。総務部長は1955年9月まで兼ね、その後は本社業務部長、1963年5月からは営業と購買の担当となり、管理から営業までを通した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1965年6月、筑田勝二氏が取締役会長へ移るのにともない取締役社長へ就任した。入社は1937年で筑田氏より19年遅い。同じ日に副社長となった多田繁氏は1901年生まれ、1925年に京都帝国大学工学部を出て入社し、東京支店長として技術と生産を担ってきた10歳上の先輩だった。社長には、総務部長と大阪支店長を長く兼ねて本社の管理を握っていた小畑氏が選ばれた。

在任中の主な施策
施策

在任中に組織が本部制へ組み替わった。役員の職歴には1966年7月の企画調査室長、1969年の海外事業部長、1970年4月の生産本部副本部長、同年11月の営業本部長と研究開発本部長が並ぶ。1970年10月にNAPP開発部、1971年5月に化学エンジニアリング事業部の長が置かれ、1972年7月には米国のNAPP STEMSへ役員を送っている。1975年7月に取締役会長へ移り、社長を中島隆太郎氏へ渡した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1965〜1975年
在任中の業績
就任前(FY64)116億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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