キッセイ薬品工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

売る力を持たない地方の小さな会社が、類似品を捨てて独自の新薬に資金を振り向けた。1948年に入社した神沢邦雄氏(のち社長)は、他社の新薬と同じ組成の類似品で規模を拡大するべきだという社内の大勢に反対し、総務部長として役員を説き伏せた。設立当初から売上高の約10%を研究開発に回す方針はこのとき定まっている。開発に資金を割く代わりに、販売は田辺製薬や武田薬品工業など他社メーカーの販路に任せ、1959年には東京田辺製薬1社との専売に絞った。自前の販売網を持たずに済ませたことが、開発と生産に資源を配分する余地を生んだ。

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