決断
樟脳の製造と販売を1社に集め、輸出から国内の医薬向けへ売り先を広げた。三井物産を合同に取り込んで海外販売を日本樟脳への委託に一本化し、1931年4月には国内の樟脳圧搾業者を全て買収して大阪に日本樟脳油販売を設けた。粗製樟脳を圧搾しただけで精製樟脳と称して米国やインドへ送る密輸出が、日本産の評価と輸出価格を損ねていたためである。1933年4月には自ら日本薬局方を保証したカンフルの製造を開始した。1945年の空襲で本社と工場を失ったのち、油脂事業への転換を図り、1953年に単体脂肪酸の工業化に目途を立てた。