小田切新太郎
信越化学工業・元代表取締役社長
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
1974年7月、代表取締役副社長から社長へ就任した。前任の小林周蔵氏は取締役会長へ移っている。副社長へ上がったのは小林氏が社長に就任した1971年7月で、3年の助走を置いた交代に当たる。就任時は67歳。1974年5月期の売上高は761億円・経常利益は68億円で、前の期の533億円・38億円をいずれも上回っていた。就任の前年にあたる1973年7月には米国テキサスにシンテックINC.が発足しており、この投資の始末が最初の課題となった。
在任中の主な施策
施策
就任2年目の1976年、合弁相手のロビンテック社が経営不振に陥ると、取締役会の多数の反対を押し切って全株式を取得し、シンテックを完全子会社化した。1979年にはダウコーニング社から合弁解消の申し入れを受け、同じ優先交渉権条項を行使して信越半導体の全株式を取得している。塩ビと半導体シリコンの二つが単独経営へ移り、増産投資を相手の同意なしに決められる体制が整った。1980年には1955年当時の製品がほぼ姿を消し、ファインケミカルが売上高の4割を占めた。1980年5月期の売上高は1375億円。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1936〜1974年
在任中の業績
就任前(FY73)761億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 4件
- 日本企業要覧 1975年版
- 日本企業要覧 1962年版
- 日本企業要覧 1981年版
- 信越化学工業 有価証券報告書【沿革】