小林周蔵
信越化学工業・元取締役会長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 東京商科大学
出自 —
- 出自
- 1899年に長野県で生まれ、1924年3月に東京商科大学を卒業して同年4月に富士電機へ入った。1930年に信濃電気、1939年に長野電気の取締役を経て、1942年6月に信越化学工業の取締役として迎えられている。入社時点で43歳、社内で下から上がった経歴を持たない。長野電気は1931年5月に社長へ就いて再建を進めた小坂順造氏が率いた会社で、電力側から化学へ渡った人事に当たる。1945年3月に支配人、1947年6月に代表取締役常務へ進んだ。
- 抜擢
- 1971年7月、代表取締役副社長から社長へ就いた。副社長の在任は11年に及ぶ。就任時は72歳で、前任の小坂徳三郎氏より17歳年長であった。小坂氏は1969年12月に衆議院議員となっており、議員との兼務を解くための交代だったとみられる。同じ1971年7月に小田切新太郎氏が代表取締役副社長へ上がり、3年後の後継となった。
- 施策
- 在任は1971年7月から1974年7月までの3年で、第一次石油危機と重なった。売上高は1971年5月期の428億円から1974年5月期の761億円へ、経常利益は26億円から68億円へ伸びた。1973年2月に武生工場で希土類磁石の製造を始め、同年7月には米国テキサスに塩化ビニル製造子会社シンテックINC.を設立している。米国での塩ビ事業はこの3年のうちに始まった。1974年7月、社長を小田切新太郎氏へ渡して取締役会長へ移った。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY70)429億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1975年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1962年版 経歴
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968) 出自
- 信越化学工業 有価証券報告書 経歴