井上貞治郎
レンゴー・元取締役社長
社長就任1920年
生年月日—
学歴—
出自—
経歴1909〜1963年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1909年主要役職の状況(推定含む目安)1963年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間企業 | |||||
| 民間企業 | レンゴー | 1909 | 三盛舎(のちの三成社)を創業 | ||
| 1920 | 聯合紙器を設立し専務取締役社長 | ||||
| 1963 | 社長 退任 | ||||
社長就任までの出自
出自
1882年10月、播州の揖保川に近い村の農家に三男として生まれ、2歳で遠縁の井上家を継いだ。職を転々とし大陸を渡り歩いたのち、1909年8月に東京・北品川で三盛舎を始め、輸入品だった段ボールの国産化に着手した。1920年5月には三成社を中心に同業を統合して聯合紙器を設立した。1950年4月の東証上場時は専務取締役社長として経営を率いており、1963年11月に山野種松氏が後任の社長に就任するまでその座にあった。
社長に選ばれた経緯
抜擢
自ら興した三成社を株式会社へ改組して聯合紙器を設立しており、前任者はいない。設立時の株の割り当てが戦後恐慌で予定どおり集まらず、井上貞治郎氏が50%近くを引き受けた。創立時の役員には二見昇氏・中村立三氏・川路利彦氏らが加わったが、1926年1月の本社の大阪移転のころまでにほとんどが辞任している。後任は1931年入社の生え抜きで、1962年5月に専務となっていた山野種松氏であり、1963年11月に社長へ就任した。
創業ストーリー
創業ストーリー
業績貢献
井上貞治郎氏:在任中の業績貢献
1923年11月に日本製紙を合併し、製紙から製函までを一貫する基礎を得た。1936年4月には淀川工場に製紙工場を開設し、原紙から段ボールまでの一貫生産に移った。1937年には最大の得意先だった東京電気と提携し、倍額増資で新株の過半数を渡す代わりに川口の工場計画を引き継いだ。戦後は1949年5月に大証、1950年4月に東証へ上場し、1961年10月には利根川製紙工場を開設している。
売上高:1956年3月期〜1968年3月期
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| 決算期 | 在任 | 売上高 | 前期比 | 営業利益率 | ROE | 主な施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1956年3月期 | 33億円 | — | — | — | ||
| 1957年3月期 | 46億円 | +39.4% | — | — | 本社研究所を開設 | |
| 1958年3月期 | 52億円 | +13.0% | — | — | ||
| 1959年3月期 | 54億円 | +3.8% | — | — | ||
| 1960年3月期 | 77億円 | +42.6% | — | — | ||
| 1961年3月期 | 110億円 | +42.9% | — | — | ||
| 1962年3月期 | 158億円 | +43.6% | — | — | 利根川製紙工場を新設 | |
| 1963年3月期 | 185億円 | +17.1% | — | — | 鳥栖工場を開設地方工場の新設を積極化 | |
| 1964年3月期 | 230億円 | +24.3% | — | — | ||
| 1965年3月期 | 242億円 | +5.2% | — | — | ||
| 1966年3月期 | 247億円 | +2.1% | — | — | ||
| 1967年3月期 | 282億円 | +14.2% | — | — | ||
| 1968年3月期 | 318億円 | +12.8% | — | — |
参考文献5件
参考文献
事実根拠:出所(レンゴー)