カンロの歴史
沿革
1912年に宮本政一氏が始めた製菓業が起源。
1960年に社名をカンロに改め、2019年には松本工場で新グミラインを稼働させ、2025年には米国に販売会社を設立した。キャンディとグミを主力とする菓子メーカーで、2025年12月期の売上高は348億円。
創業期
1912年〜宮本政一の製菓業創業と宮本製菓の設立
- 宮本政一氏が製菓業を創業[1]
- 隣村の浅江村虹ヶ浜に工場を新設[2]
- 宮本製菓を設立[1]
売上高
- 売上高
カンロ売上高—
成長期
1951年〜カンロへの商号変更と東証二部上場
- ラッピングマシンの導入で包装を自動化[2]
- カンロ飴を発売[2]
- 松本工場を新設[1]
- カンロに商号変更[1]
- 本社を東京都豊島区に移転[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 東京都中野区に本社を新築移転[2]
- ナッツボンを発売[2]
- 光市に新工場を建設[1]
- デポジッターラインを新設[2]
- 光製菓を設立[1]
売上高
- 売上高
カンロ売上高—
成長期
1973年〜三菱商事との業務提携と島田・ひかり工場の新設
- 三菱商事と業務提携[1]
- カティサークを発売[2]
- コーポレート・アイデンティティ(CI)を導入[2]
- 菓子食品分野で初となる「のど飴」を発売[2]
- 松本工場を新工場に移転[1]
- スティックキャンディ設備を設置[2]
- 台湾に合弁会社の台湾甘楽股份有限公司を設立[2]
- 東京都新宿区に本社を移転[2]
- 島田工場を新設[1]
- グミキャンディ設備を新設[2]
- シュガーレスキャンディ設備を設置[2]
- ひかり工場を新設[1]
- 中国汕頭に合弁会社の甘楽四洲食品有限公司を設立[2]
- 東京都中野区に本社を新設移転[2]
- ひかり工場でISO14001認証を取得[2]
- ピュレグミを発売[2]
売上高
- 売上高
カンロ売上高—
成熟期
2011年〜朝日工場の新設と松本工場の新グミライン稼働
- のど飴の日を日本記念日協会に申請・登録[2]
- 朝日工場を新設[1]
- 初の直営店「ヒトツブカンロ」を東京駅に開業[2]
- カンデミーナグミを発売[2]
- 豊洲研究所を開設[1]
- 新CIを導入[2]
- 東京オペラシティビルに本社を移転[2]
- ひかり製菓を吸収合併[3]
- 松本工場で新グミラインが稼働[1]
- 屋内ハーブ農園カンロファームを開設[2]
- パーパス「Sweeten the Future 心がひとつぶ、大きくなる。」を策定[2]
- スタンダード市場に移行[1]
- Kanro America Inc.を設立[1]
売上高経常利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 経常利益率
カンロ2025年12月期売上高348億円売上高経常利益率13.5%