鳥井信一郎
サントリーホールディングス・元社長
経歴1963〜2001年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1963年主要役職の状況(推定含む目安)2001年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間企業 | |||||
| 民間企業 | 住友銀行 | 1963 | 入行 | ||
| サントリー(現サントリーホールディングス) | 1967 | 入社 | |||
| 1972 | 取締役 | ||||
| 1977 | 常務取締役 | ||||
| 1980 | 専務取締役 | ||||
| 1983 | 取締役副社長 | ||||
| 1990 | 社長 | ||||
| 2001 | 社長 退任(会長へ) | ||||
| 2001 | 会長 | ||||
社長就任までの出自
出自
1938年1月22日、兵庫県川西市に生まれた。創業者である鳥井信治郎氏の孫で、父は長男の鳥井吉太郎氏、母は阪急グループを築いた小林一三氏の娘である。2歳で父を失い、叔父の佐治敬三氏が親代わりとなった。18歳で渡米してノースウエスタン大学経営学部を1960年に卒業し、帰国後に神戸大学法学部で学んだ。住友銀行を経て1967年3月にサントリーへ入り、以後は国際部門を歩いた。
在任中の主な施策
鳥井信一郎氏:在任中の施策
就任当初は洋酒の低迷が続き、情報システムの整備、工場の再配置、冗費の削減を進める全社革新運動に取り組んだ。物流の見直しでは、4年間で100億円の費用を浮かせた。缶コーヒーは1992年に「ウエスト」から「ボス」へ切り替え、その後に発泡酒の「ホップス」も投入した。組織ではフラット、フランク、フレキシブルの3つを掲げ、権限を現場へ移している。長期の熟成を要する事業を理由に、株式を公開しない方針も貫いた。2001年3月、社長を佐治信忠氏に譲って会長に移った。
参考文献3件
参考文献
- 日経ビジネス 1990年4月23日号「鳥井信一郎氏(サントリー)」
- 日経ビジネス 1998年11月2日号「元大関小錦をCMに起用、ウイスキー人気復活を仕掛けた鳥井信一郎氏」
- 日経ビジネス 2001年3月19日号「父以上のカリスマ?サントリー次期社長」
事実根拠:出所(サントリーホールディングス)