第1章 年〜年

川本製作所:川本𨨞三の川本製作所創業と全国販売網の構築

1919年〜鋳鉄製手押しポンプの量産と2,000店の販売網

川本𨨞三氏は1919年(大正8年)、名古屋市中区大池町で手押しポンプの製造と販売を個人経営で始めた。当時の手押しポンプは陶製や木製が主流で、数をそろえて作れず、遠方への運搬にも向かなかった。鋳鉄製は高価で、川本𨨞三氏はその構造を設計し直し、量産で単価を下げた鋳鉄製の手押しポンプを世に出した。売り出した製品の名は「共柄ポンプ」で、関連の特許取得も重ねた。2代目社長の川本修三氏は1976年の取材で『昔の手押し式ポンプは当社が草わけ』と振り返った。陶製・木製の量産の難しさと鋳鉄製の高値の間を、量産による値下げで埋める参入だったとみられる。

  • 川本製作所公式サイト「沿革(創業100周年)」(2026年10月時点)
    • [1]川本𨨞三が1919年(大正8年)に名古屋市中区大池町で川本製作所を創業した
    • [3]1919年当時の手押しポンプは陶製・木製が主流で、量産性に乏しく輸送にも難があった
    • [4]川本𨨞三は高価だった鋳鉄製手押しポンプの構造を見直し、安価で量産性の高い手押しポンプを開発した
    • [5]開発した手押しポンプを「共柄ポンプ」の名で発売し、数々の特許を取得した
  • 中部財界 16(20) 1973年「白亜の殿堂「川本製作所ビル」完成」
    • [2]大正8年に川本𨨞三の個人経営で、名古屋市中区大池町に手動ポンプの製造販売を創業した
  • 中部財界 19(14) 1976年8月「大正会人と事業――川本修三氏(株)川本製作所社長」
    • [6]川本修三は1976年の取材で、昔の手押し式ポンプは自社が草分けだと語った

創業から3年後の1922年、川本𨨞三氏は国内の販売を固めるため、全国に2,000の販売店を網羅した。宣伝活動と通信販売にも力を割き、大正末には手押しポンプといえば川本ポンプと言われたという。「川本ポンプ」の名は創業以来の通り名として、1960年代まで続いた。1927年(昭和2年)には中国・朝鮮半島・台湾など東南アジア方面への輸出を始め、1932年には全国発明博覧会で賞を受けた。量産で下げた単価を、直営の店ではなく各地の既存の販売店に乗せて全国へ届ける仕組みだったとみられる。

  • 川本製作所公式サイト「沿革(創業100周年)」(2026年10月時点)
    • [7]1922年(大正11年)、国内販売の充実のため全国に2,000の販売店を網羅した
    • [8]宣伝活動や通信販売に力を入れ、大正末期には「手押しポンプなら川本ポンプ」と言われた
    • [10]1927年(昭和2年)に中国・韓国・台湾など東南アジア方面への輸出を始めた
    • [11]1932年(昭和7年)に全国発明博覧会賞を受賞した
  • 新日本経済 30(6) 1966年
    • [9]大正8年の創業以来、「川本ポンプ」の名で広く知られてきた

川本𨨞三氏の手動ポンプは、戦時中から戦後にかけても使われ続けた。1946年(昭和21年)には大池町に工場を新設し、中川区運河通りに設けた六反工場で家庭用ポンプの製造を始めた。家庭用ポンプは、先代の川本𨨞三氏が個人営業のうちに手がけ始めた事業にあたる。1948年には中区川端町に西川端工場を加え、翌1949年に個人経営から株式会社へ改組した。家庭用への着手が、1954年の家庭用電気ポンプにつながる製品の土台になったとみられる。

  • 川本製作所公式サイト「沿革(創業100周年)」(2026年10月時点)
    • [12]戦時中や戦後においても川本の手動ポンプは広く使われた
    • [13]1946年(昭和21年)に名古屋市中区大池町に工場を新設し、中川区運河通りに六反工場を設けて家庭用ポンプの製造を始めた
    • [15]1948年(昭和23年)に名古屋市中区川端町に西川端工場を新設した
    • [16]1949年(昭和24年)に資本金380万円で株式会社川本製作所に改組した
  • 中部財界 19(14) 1976年8月「大正会人と事業――川本修三氏(株)川本製作所社長」
    • [14]川本修三によれば、先代川本𨨞三の代に家庭用ポンプを個人営業で始めた
  • 新日本経済 30(6) 1966年
    • [17]株式組織に改めたのは昭和24年
参考文献[1]-[17]
    • [1]川本𨨞三が1919年(大正8年)に名古屋市中区大池町で川本製作所を創業した
    • [3]1919年当時の手押しポンプは陶製・木製が主流で、量産性に乏しく輸送にも難があった
    • [4]川本𨨞三は高価だった鋳鉄製手押しポンプの構造を見直し、安価で量産性の高い手押しポンプを開発した
    • [5]開発した手押しポンプを「共柄ポンプ」の名で発売し、数々の特許を取得した
    • [7]1922年(大正11年)、国内販売の充実のため全国に2,000の販売店を網羅した
    • [8]宣伝活動や通信販売に力を入れ、大正末期には「手押しポンプなら川本ポンプ」と言われた
    • [10]1927年(昭和2年)に中国・韓国・台湾など東南アジア方面への輸出を始めた
    • [11]1932年(昭和7年)に全国発明博覧会賞を受賞した
    • [12]戦時中や戦後においても川本の手動ポンプは広く使われた
    • [13]1946年(昭和21年)に名古屋市中区大池町に工場を新設し、中川区運河通りに六反工場を設けて家庭用ポンプの製造を始めた
    • [15]1948年(昭和23年)に名古屋市中区川端町に西川端工場を新設した
    • [16]1949年(昭和24年)に資本金380万円で株式会社川本製作所に改組した
  • 中部財界 16(20) 1973年「白亜の殿堂「川本製作所ビル」完成」
    • [2]大正8年に川本𨨞三の個人経営で、名古屋市中区大池町に手動ポンプの製造販売を創業した
  • 中部財界 19(14) 1976年8月「大正会人と事業――川本修三氏(株)川本製作所社長」
    • [6]川本修三は1976年の取材で、昔の手押し式ポンプは自社が草分けだと語った
    • [14]川本修三によれば、先代川本𨨞三の代に家庭用ポンプを個人営業で始めた
  • 新日本経済 30(6) 1966年
    • [9]大正8年の創業以来、「川本ポンプ」の名で広く知られてきた
    • [17]株式組織に改めたのは昭和24年

出典・参考

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出典・参考
  • 新日本経済 30(6) 1966年
  • 中部財界 16(20) 1973年「白亜の殿堂「川本製作所ビル」完成」
  • 中部財界 19(14) 1976年8月「大正会人と事業――川本修三氏(株)川本製作所社長」
  • 川本製作所公式サイト「沿革(創業100周年)」(2026年10月時点)

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