ニトリ の歴史

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創業 1967年
創業者 似鳥昭雄
創業地 北海道札幌市
創業
1967年12月、似鳥昭雄氏が札幌市内に売場30坪の似鳥家具店を開設した。出店予定地の周りに競合が少ないという消去法で選んだ商売で、開業直後に融資を止められ、売れ残りを安く売りさばく日々のなかで低価格が集客に直結すると体で覚えた。1972年3月に株式会社似鳥家具卸センターを設立し、同年の渡米視察でアメリカ流のチェーンストアを手本に据えた。米国の家具が日本の3分の1の値で並ぶ現実を見たことが、以後の判断すべての起点になった。
決断
安く売るために、作る側へ降りていく判断を重ねてきた。1978年に札幌市内でドミナント出店を始め、物流センターを先に置いて配送効率を高めた。1987年には東南アジアからの家具部品の輸入に踏み出した。そして1994年、インドネシアに自社工場を構えて完成品の生産まで握り、円高に振れるほど円建て原価が下がる構造を手に入れた。2008年の金融危機下ではその低コストを原資に値下げへ転じ、不況期にかえって客数を増加させた。売値を先に決めて工程を逆算する原価設計が、不況期に値下げできる強さを生んだ。
現況
円高を前提に組んだ原価構造が、円安で逆に回っている。海外の自社工場で作って円建てで売る設計は、2021年2月期に57.4%の売上総利益率を生んだが、円安が進んだ2023年3月期には50.4%へ落ち、36期続いた連続増収増益も2024年3月期に途絶えた。2026年3月期は売上高9,122億円・営業利益1,255億円、内訳はニトリ事業8,035億円と2021年に子会社化した島忠事業の1,087億円である。為替予約は今期分の147円65銭のみで、1ドル155円を前提に原価を組み直した新商品で荒利を取り戻そうとしている。
競合
国内の家具・インテリアで、価格を正面から競える相手は少ない。百貨店の半値、専門店より3〜5割安い値付けで、1990年代前半には北海道で売上首位・全国8位まで伸び、1993年の本州進出を経て全国チェーンになった。一方、生活雑貨では生活圏の中型店へ降りた無印良品が、ホームセンターでは地域の屋号を傘下に置いたDCMが先にいる。島忠はそのDCMから1株5,500円の対抗提示で競り落としたが、改装とPB投入は客足につながらず、家具の外側では価格の強みがそのまま効いていない。
ニトリ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年2月期2026年3月期

創業ストーリー 似鳥家具店の創業と北海道ドミナント戦略 (1967年〜)

渡米視察で見た価格3分の1の衝撃

似鳥昭雄[1]は札幌市内に家具店を開業した。出店予定地の周辺に競合が少ないという消去法で家具業を選んだが、同業者の懐疑を押し切り約99平方メートル(30坪)の店舗を構えた。[2]開業直後に融資が凍結される事態に直面し、資金繰りに苦しむ創業期を過ごした。売れ残った在庫を安売りで処分する経験のなかで、低価格販売が集客に直結するという商売の原理を体で覚えた。1972年3月に株式会社似鳥家具卸センターを設立[3]して法人化し、同年の渡米視察が転機となった。

  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【役員の状況】
    • [1]創業者の氏名は似鳥昭雄
  • リクルートブック 大学編 1981年版(東日本版)
    • [2]開業店舗(西店)の売場面積は約99平方メートル(30坪)
  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【沿革】
    • [3]1972年3月 株式会社似鳥家具卸センターを設立して法人化

米国並みの低価格を実現するには製造から小売までを一貫して抱える体制が要る、という認識が、のちのSPA(製造小売業)モデルの出発点となった。似鳥昭雄社長は厳格な人事規律と若手の抜擢を組織運営の軸に据え、拡大期を支える体制を早くから整えた。1978年1月にチェーン化構想を発表し、札幌市内でのドミナント展開を開始した。特定地域に集中して出店し物流効率を高める方針で、物流センターの新設と合わせて北海道内の配送網を整備した。メーカーに対して独自の製品規格を要求し、零細メーカーとの交渉力を得ることで価格と品質の両面を握る仕入れ体制を築いた。業界誌『近代中小企業』1977年11月号にも『同社成功の秘訣は、他者にない仕入れ方法と、徹底した合理化にある』[引用元]と記された。

  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【役員の状況】
    • [1]創業者の氏名は似鳥昭雄
  • リクルートブック 大学編 1981年版(東日本版)
    • [2]開業店舗(西店)の売場面積は約99平方メートル(30坪)
  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【沿革】
    • [3]1972年3月 株式会社似鳥家具卸センターを設立して法人化

函館店12億円の誤算と道内全域への展開

1982年の函館進出では『ニトリ家具の許容面積は大きすぎる』[引用元]として既存業者との摩擦が生じたが、ドミナント展開による物流効率と価格競争力を武器に北海道全域へ店舗網を広げた。函館店は1店舗あたり年商5億円が標準だった当時、目標6億円に対して12億円を記録し、担保不足で苦しんでいた資金繰りは函館の成功で好転した。特定地域に高密度で出店する方式は配送コストの低減と地域での認知度向上を同時に生み、後発でありながら道内の家具市場で存在感を高めた。北海道内に基盤を固めたニトリは、1989年9月に札幌証券取引所へ上場[4]して資金調達手段を得た。上場で得た信用力を使って全国展開の足がかりを築き、1993年に本州(東日本)で店舗展開を始めた。北海道で培った低価格・大量出店のモデルを全国に展開する段に入った。

  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【沿革】
    • [4]1989年9月 札幌証券取引所に株式上場

全国チェーンとして戦うには、国内の製造コストだけでは限界があった。海外の低い人件費と円高の為替メリットを使った生産体制の構築が次の経営課題となり、似鳥昭雄社長は東南アジアでの調達と生産に目を向け始めた。1985年のプラザ合意以降に進んだ円高[5]は、海外での部品調達や完成品の輸入を価格面で有利にする環境を生み、ニトリの海外展開を後押しした。1987年にはマルミツ木工との業務提携で家具部品の輸入[6]を始め、シンガポールに検品拠点を設けて品質管理の体制を整えた。現地紙は『同社がシンガポールに出張所を置くのは、海外での業務の比重が韓国・台湾などの近隣諸国からマレーシア、タイ、インドネシアなどの東南アジア諸国へ徐々に移ってきたため』[引用元]と報じ、アジア[7]人件費の将来予測まで含めた先回りの布石であったことを記録している。

  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【沿革】
    • [5]1985年のプラザ合意以降の円高がニトリの海外展開を後押し(一般史実・部品輸入の前提)
    • [6]1987年 マルミツ木工との業務提携で家具部品の輸入を開始
  • 日本経済新聞 北海道版(1989年1月11日, 日本経済新聞社)
    • [7]現地紙(日経新聞北海道 1989/1/11)がシンガポール出張所設置と業務比重の東南アジア移行を報道
  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【沿革】
    • [4]1989年9月 札幌証券取引所に株式上場
    • [5]1985年のプラザ合意以降の円高がニトリの海外展開を後押し(一般史実・部品輸入の前提)
    • [6]1987年 マルミツ木工との業務提携で家具部品の輸入を開始
  • 日本経済新聞 北海道版(1989年1月11日, 日本経済新聞社)
    • [7]現地紙(日経新聞北海道 1989/1/11)がシンガポール出張所設置と業務比重の東南アジア移行を報道

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ニトリの沿革1967〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1967〜1993年似鳥家具店の創業と北海道ドミナント戦略似鳥昭雄氏が「似鳥家具店」を開業★★
大型2号店を開店
米国の家具流通を視察★★
アメリカ流チェーンストア構想と「ロマン」の設定

1972年3月に株式会社似鳥家具卸センターを設立した似鳥昭雄氏(当時専務取締役)は、同年の渡米視察でアメリカの家具が日本の3分の1の価格で並ぶ現実を見た。安売りを徹底するには多店舗のチェーンストアしかないと確信し、日本の住まいをアメリカ並みに豊かにするという長期目標を掲げた。この構想が、のちの札幌ドミナント出店・海外生産・製造物流小売(SPA)へと連なる判断を方向づけた。

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★★★
チェーン化構想を発表★★
ドミナント出店を開始★★
似鳥昭雄自動立体倉庫を備えた物流センターを開設★★
似鳥昭雄函館店を開店★★
似鳥昭雄ニトリに商号変更★★
似鳥昭雄マルミツ木工と業務提携★★
似鳥昭雄検品拠点を開設
似鳥昭雄札幌証券取引所に上場
似鳥昭雄本州で店舗展開を開始★★
1994〜2009年海外生産とSPA型サプライチェーンの確立似鳥昭雄製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産

1994年10月、ニトリはインドネシアに現地生産法人を設け、翌1995年夏から箱物家具を一貫生産して直接輸入した。部品輸入から完成品の自社生産へ進み、2004年にはベトナムへ生産を集約した。製造・物流・小売を自社で握る製造物流小売(SPA)への転換により、円高メリットを取り込んで低価格と粗利改善を両立させた。

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★★★
似鳥昭雄関東物流センターを新設
似鳥昭雄マルミツを完全子会社化
似鳥昭雄東京証券取引所市場第一部に上場
似鳥昭雄MARUMITSU-VIETNAM EPEを設立
似鳥昭雄似鳥(中国)采購有限公司を設立
似鳥昭雄平湖物流センターを新設
似鳥昭雄完成品の生産を開始★★
似鳥昭雄赤羽店を開店
似鳥昭雄宜得利家居股份有限公司を設立
似鳥昭雄恵州に物流拠点を開設
似鳥昭雄海外1号店を開店★★
似鳥昭雄「値下げ宣言」を開始★★★
似鳥昭雄22期連続の増収増益を達成★★
2010〜2020年持株会社体制への移行と36期連続増収増益似鳥昭雄明応商貿(上海)有限公司を設立
似鳥昭雄持株会社体制に移行★★★
似鳥昭雄ニトリHDに商号変更
似鳥昭雄マルミツをニトリファニチャーに商号変更
似鳥昭雄MARUMITSU-VIETNAM EPEをNITORI FURNITURE VIETNAM EPEに商号変更
似鳥昭雄NITORI USA, INC.を設立
似鳥昭雄札幌本社を移転
似鳥昭雄「Aki-Home」ブランドで米国1号店を開店★★
似鳥昭雄中国大陸1号店を開店★★
白井俊之白井俊之氏が社長に就任★★
白井俊之似鳥(中国)投資公司を設立
白井俊之カチタスを持分法適用関連会社化★★
白井俊之太倉物流センターを新設
白井俊之Nプラスを設立
白井俊之アパレル事業に参入★★
白井俊之時価総額が2兆円を突破★★
白井俊之NITORI RETAIL(MALAYSIA) SDN.BHDを設立
白井俊之島忠の買収とホームセンターへの進出

2020年11月、ニトリホールディングスはホームセンター中堅の島忠に1株5500円のTOBを提示し、DCMホールディングスとの争奪戦を制した。買収総額は最大約2100億円で、ニトリ初の大型M&Aとなった。2021年1月に島忠を子会社化し、家具・インテリアからホームセンター・DIYへ商品と客層を広げた。

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★★★
白井俊之島忠を子会社化★★
白井俊之島忠を完全子会社化
白井俊之NITORI RETAIL SINGAPORE PTE. LTD.を設立
白井俊之東南アジア1号店を開店★★
白井俊之NITORI KOREA CO.,LTD.を設立
白井俊之米国の店舗とECサイトを閉鎖★★
白井俊之韓国1号店を開店
白井俊之36期連続の増収増益が途絶★★
白井俊之フィリピン1号店を開店
白井俊之NITORI DIGITAL BASE VIETNAMを設立
白井俊之インドネシア1号店を開店
白井俊之インド1号店を開店
出典・参考
  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【役員の状況】
  • ニトリ 有価証券報告書(株式会社ニトリホールディングス)【沿革】
  • 日本経済新聞 北海道版(1989年1月11日, 日本経済新聞社)
  • リクルートブック 大学編 1981年版(東日本版)

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