宮崎銀行の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

県の救済銀行として生まれ、合併で県内に本店を置く唯一の普通銀行になった。休業行の再開ではなく新銀行の設立を選んだのは、建て直しと整理を同じ銀行で並行させれば急場に間に合わないと判断したためである。1933年12月には県当局の勧めで県北の延岡銀行を合併し、1943年8月には貯蓄銀行業務の兼営を始めて日向貯蓄銀行を合併した。敗戦後は資本金の90%を損失の補塡に充てて減資し、1948年の3度の増資で株主を12人から2,031人へ広げた。県が9割超を持つ銀行は、この増資で県民が出資する銀行に移っている。

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