決断
電話を受ける人員の数と質を自社で抱え、そのうえで応対を機械で支えた。1984年4月にベルシステム二四大阪を吸収合併し、1990年7月には日本プレシジョンを吸収合併して人材派遣事業を始めた。同年12月にはテレコミュニケーションズも吸収合併し、コミュニケータを自社の研修制度で育てる体制を構築した。売上高は1985年度の19億円から1991年度には109億円へ5倍超に伸びた。1992年7月には電話交換機とデータベースを結ぶシステム「CP-パック」を稼働させ、全国25拠点・コミュニケーター4,200名の発信と応対を効率化した。1992年度の売上高は118億円となり、1994年12月の店頭登録へとつながった。