大正製薬HDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

販路を、卸ではなく自社の株主名簿の上に作った。1928年、上原正吉氏の構想で取引先の小売店を株主に迎えて株式会社大正製薬所を設立した。小売店は株主として配当と販売実績に応じた割戻金を受け取り、会社は不況下でも代金の回収が滞らない直販網を得た。この特約株主を組織した共成会は戦前の最盛期に全国5,500店へ広がり、1946年の上原正吉氏の社長就任も、株主の多数を占めた特約店の支持で決まっている。広告宣伝費は1952年度の4,438万円から1961年度の13億6,593万円へ9年で約30倍に増え、1962年3月には20mlのアンプル剤を100mlのドリンク剤へ改めてリポビタンDを発売している。取引先を株主に変えた仕組みが、1品を全国の店頭へ流す力を生んだ。

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