持田製薬の歴史
沿革
1913年に持田良吉氏が開業した持田商会薬局が起源。
1990年に世界初の高純度EPA製剤エパデールを発売し、1999年発売のシャンプーコラージュフルフルで一般向けにも展開した。医療用医薬品を主力にスキンケア製品も手がける製薬会社で、売上高は1,052億円。
創業期
1913年〜持田商会薬局の開業と日本初の卵胞ホルモン剤ペラニン
- 眼科用モチダ式黄降汞軟膏を製造・販売[1]
- 駆梅剤ルエスチンを製造・販売[1]
- 持田良吉氏が持田商会薬局を開業[2]
- 医薬品の製造を開始[2]
- 持田製薬所を開設[2]
- 日本初の臓器製止血剤トロンブリンを創製[1]
- 日本初の天然卵胞ホルモン製剤ペラニンを発売[1]
- 男性ホルモン剤テスチノンを発売[1]
売上高
- 売上高
持田製薬売上高—
成長期
1945年〜持田製薬の設立と超音波診断装置ソノビスタ
- 持田製薬を設立[2]
- 日本初の拡散酵素剤スプラーゼを発売[1]
- 複合天然女性機能ホルモンのエストロパンを発売[1]
- 血液凝固促進酵素剤トロンビンの国産化に成功[1]
- 研究所を設置[2]
- 子宮収縮止血剤パルタンを発売[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[2]
- 国産初の免疫学的妊娠診断薬ゴナビスを発売[1]
- 持田信夫氏が社長に就任[1]
- 炎症緩解用酵素製剤キモタブを発売[1]
- 薬粧製品部門を発足[1]
- 線維素溶解酵素剤ウロナーゼを発売[1]
- 沐浴剤スキナベーブを発売[1]
- 医療機器部門を発足[1]
- 静岡工場が完成[1]
- 埼玉工場が完成[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[2]
- 四谷に本社社屋が完成し移転[1]
- 日本初の電子スキャン方式超音波診断装置ソノビスタを発売[1]
- 循環機能改善剤ロコルナールを発売[1]
売上高
- 売上高
持田製薬売上高—
成長期
1980年〜コラージュクリームとミラクリッドの発売
- 国産初の炭酸ガスレーザー手術装置メディレーザーSを発売[1]
- 日本初の水溶性コラーゲン配合化粧品コラージュクリームを発売[1]
- 林原生物化学研究所とインターフェロンの技術提携[1]
- 富士中央研究所を開設[1]
- 持田記念医学薬学振興財団を設立[1]
- ウイルス脳炎治療剤アラセナ-Aを発売[1]
- 持田信夫氏がレーザー手術装置の開発で紫綬褒章を受章[1]
- 世界初のウリナスタチン製剤ミラクリッドを発売[1]
- 持田英氏が社長に就任[1]
- 深在性真菌症治療剤フロリードF注を発売[1]
- 自律神経調整剤グランダキシンを発売[1]
- コラージュ石鹸を発売[1]
- 天然型インターフェロン製剤IFNαモチダ500とIFNβモチダを発売[1]
- 四環系抗うつ剤テシプールを発売[1]
売上高
- 売上高
持田製薬売上高—
成熟期
1990年〜エパデールとディナゲストによる医療用医薬品の拡充
- 世界初の高純度EPA製剤エパデールカプセル300を発売[1]
- 大田原工場が完成[1]
- 日本初の外皮用抗ウイルス剤アラセナ-A軟膏を発売[1]
- 持続性Caチャネル拮抗降圧剤アテレックを発売[1]
- 抗真菌成分配合シャンプーコラージュフルフルを発売[1]
- 王子事業所を閉鎖[2]
- GnRH誘導体製剤スプレキュアを発売[1]
- 米国心臓協会でエパデールの大規模試験JELISの結果を発表[1]
- 日本初の尖圭コンジローマ治療薬ベセルナを発売[1]
- 子宮内膜症治療剤ディナゲストを発売[1]
- 抗真菌成分配合シャンプー・リンスのコラージュフルフルネクストを発売[1]
- 抗うつ剤レクサプロを発売[1]
- 静岡工場を閉鎖[2]
- 速効型食後血糖降下剤ファスティックを発売[1]
- エパデールのスイッチOTC医薬品を発売[1]
- バイオシミラーのフィルグラスチムBSを発売[1]
- 高血圧症治療剤アテディオ配合錠を発売[1]
- 慢性便秘症治療剤グーフィスを発売[1]
- 痛風・高尿酸血症治療剤ユリスを発売[1]
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[2]