三洋化成工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

繊維用の油剤で首位に立つと、すぐに繊維の外と原料の石油化学へ動いた。1955年までに繊維工業用界面活性剤で国内首位の地位を得ると、1956年4月に米NINOL LABORATORYの技術で農薬乳化剤を国産化し、同じ年に国内初の台所用中性洗剤も創製した。並行して1956年8月から石油化学の実態調査を始め、1958年9月には川崎市千鳥町の日本石油化学コンビナート内に専門工場を建設する計画を決めた。1959年5月には米ジェファーソン社から導入した技術でノニルフェノールを工業化し、京都工場に月産30トンのプラントを建てた。その結果、1960年9月に川崎の新工場が建ち、ポリプロピレングリコールとポリエチレングリコールの国産化を担った。

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