上野次郎男

積水化学工業・元取締役社長就任

(敬称略)

Ueno Jiroo

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生年月日
学歴 東京帝国大学経済学部
出自
出自
鹿児島県の生まれで、1927年3月に東京帝国大学経済学部を卒業し、翌1928年に日本窒素肥料へ入社した。1947年に同社取締役、1950年には新日本窒素肥料の常務取締役へ進んでいる。積水化学工業は1947年3月、日本窒素肥料の一部従業員がプラスチックの総合事業化を計画して積水産業として発足した会社で、上野次郎男氏は親会社側の役員として送り出された経営者だった。
抜擢
1951年9月、新日本窒素肥料の取締役を務めたまま積水化学工業の取締役社長に就任した。1949年末から売れ始めたプラスチックテープがヒットし、資本金10万円で出発した会社の事業がようやく軌道に乗った時期にあたる。1957年5月には社長のまま新日本窒素肥料の取締役を辞して同社監査役へ移っており、親会社の役員が兼務のまま新会社の経営を預かる日本窒素系の人事だったとみられる。
施策
1953年3月に大阪証券取引所、1954年4月に東京証券取引所へ上場し、1956年6月の中央研究所、1960年の滋賀栗東工場と滋賀水口工場、1964年1月の徳山積水工業設立で原料から成型品までの一貫体制を築いた。積極経営は地方の積水各社やアメリカ積水など子会社群の設立へ広がったが、1965年に破局を迎えた。1966年2月に代表権のない会長へ退いた。
評価
執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1960年版 経歴・学歴
  • 日本企業要覧 1961年版 経歴・学歴・出身地・生年
  • 日本企業要覧 1966年版 経歴
  • 上野次郎男 生年・出自

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