木口衞

ワールド・元設立・代表取締役社長

Kiguchi Mamoru(敬称略)

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社長就任 1959年1月
生年月日 —
学歴 久代尋常高等小学校卒
出自 —
社長就任までの出自
出自

1923年、岡山県総社市の農家に生まれた。1938年に久代尋常高等小学校を卒業したのち、10代で上海へ渡り、日用雑貨と食品の販売を担当した。終戦後は先に引き揚げていた先輩に誘われて神戸へ移り、帽子・衣類など日用雑貨を扱う光商会に入って専務まで務めた。上級学校へは進まず、上海と神戸の店頭だけで商いを覚えた経歴で、1959年1月に資本金200万円でワールドを設立した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

初代社長で前任はいない。1955年4月、木口氏が専務を務めていた光商会に畑崎廣敏氏が新入社員4人のうちの1人として入社し、2人はそこで出会った。当時の光商会は社員10人ほどの規模だった。1959年1月、36歳の木口氏は13歳下の畑崎氏とセーター卸のワールドを設立し、社長に就任した。当時の商店勤めには生涯を託せる規模の店がなく、独立が常識だったと木口氏は述べている。

在任中の主な施策
施策

神戸市生田区で婦人用セーターの卸として出発した。光商会時代の取引先をそのまま持ち出すのは業界の仁義に反するとして顧客は新規開拓で集め、最初の営業車は闇市で買った5,500円の中古自転車1台だった。1965年2月に東京店を開設し、1968年10月には神戸本社ビルを竣工した。年商は創業8年目の1967年に14億円・従業員54人、社長を退く1972年には約84億円へ伸びた。1972年、木口氏は36歳の畑崎氏へ社長を譲り、会長に就任した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1959〜1972年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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