きんでん の歴代社長

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2001年2010年2020年2026年

中谷修己退任

2001年社長就任

代表取締役社長

藤田訓彦退任

2007年社長就任

代表取締役社長

前田幸一退任

2013年社長就任

2008年執行役員代表取締役社長

上坂隆勇退任

2020年社長就任

2016年執行役員2018年取締役代表取締役社長

吉増憲二現任

2026年社長就任

2017年執行役員
創業社長の関係
創業

1944年8月26日、軍需省の電気工事業整備要綱により立花商会など6社が統合して近畿電気工事が発足した。資本金250万円、引き継いだ従業員は641名で、初代社長には立花商会の佐竹則翁氏が就いている。創業者個人を持たない統合会社で、1961年に上場し、1990年4月に社名をきんでんへ改めた。

社長登用の傾向
登用

1971年の今元康彦氏から2007年の藤田訓彦氏まで、社長は副社長からの横滑りで代を継いできた。2026年6月に就いた吉増憲二氏は経営執行役員常務からの昇格で、この経路を外れる。1988年に近畿大学理工学部を出た生え抜きで、外部や関西電力から社長を迎えた例は確認できない。

社長任期の傾向
任期

1981年に就いた若山繁氏の次に社長が代わるのは2001年で、統合前の立花商会から加わった営業本部長出身者が20年を預かった計算になる。1都1道2府43県の事業所網が完成し、タイへ出た時期にあたる。以後は前田幸一氏が7年、上坂隆勇氏が6年と短くそろっている。

いまの体制への含意
含意

筆頭株主の関西電力は2026年3月末で29.75%を握り、同時に配電工事の発注元でもある。それでも社長は統合6社の出身者と生え抜きで埋まり、関西電力から送り込まれた例は確認できない。完成工事高の主力が配電から一般工事へ移って60年以上たつことが、人事の独立を支えているように見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
佐竹則翁1944〜1952年1944年就任8年退任—近畿電気工事 取締役社長
佐藤太1952〜1961年1952年就任9年退任—取締役社長
大森久司(1961年就任)1961〜1971年1961年就任11年退任生え抜き取締役社長
今元康彦1971〜1973年1971年就任2年退任—取締役社長
岡本繁一1973〜1979年1973年就任6年退任—取締役社長
武田恭一1979〜1981年1979年就任2年退任—取締役社長
若山繁1981〜2001年1981年就任20年退任—取締役社長
中谷修己2001〜2007年2001年就任6年退任—代表取締役社長
藤田訓彦2007〜2013年2007年就任6年退任—代表取締役社長
前田幸一(2013年就任)2013〜2020年2013年就任7年退任—代表取締役社長
上坂隆勇(2020年就任)2020〜2026年2020年就任6年退任—代表取締役社長
吉増憲二(2026年就任)2026年〜現任2026年就任1年現任—代表取締役社長1988年4月にきんでんへ入社した生え抜きである。2017年に執行役員として大阪支社長、2025年に経営執行役員常務として技術本部長を務めた。2026年6月に代表取締役社長へ就任した。関西の営業拠点と本社の技術部門の双方を預かってきた技術畑にあたる。
歴代社長の在任期間 全12代
1944年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

佐竹則翁退任

1944年社長就任

近畿電気工事 取締役社長

佐藤太退任

1952年社長就任

取締役社長

大森久司退任

1961年社長就任

1945年入社取締役社長

今元康彦退任

1971年社長就任

岡本繁一退任

1973年社長就任

取締役社長

武田恭一退任

1979年社長就任

若山繁退任

1981年社長就任

取締役社長

中谷修己退任

2001年社長就任

代表取締役社長

藤田訓彦退任

2007年社長就任

代表取締役社長

前田幸一退任

2013年社長就任

1974年入社2008年執行役員代表取締役社長

上坂隆勇退任

2020年社長就任

1980年入社2016年執行役員2018年取締役代表取締役社長

吉増憲二現任

2026年社長就任

1988年入社2017年執行役員

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