決断
同じ図面を繰り返し使うことで、請負の採算を作った。1968年4月に自社マンションの第1号を着工し、翌1969年12月に日商岩井と提携し、商社の用地情報から建設を提案する経路を得た。住宅生産システム"コンバス"に約100種類のパターンを用意して仕様を絞り、共通のサッシとエレベーターを使う。同じ図面で施工する下請業者は数を重ねるほど工期を縮め、部材は市価の4割ほどで取得できた。粗利益率は1977年の12.6%から1980年に19.2%へ上がり、10%強の一般の建設業者と差を広げた。この採算を別の事業へ移した1988年7月のホテル・リゾートへ1,000億円を投じた多角化は、不動産部門の売上構成比を5年で11%から56%へ押し上げ、地価下落で含み損1,600億円を残した。1996年3月期に1,850億円の特別損失を一括計上し、翌期からの黒字化を優先した。
1996年 不良資産1,850億円の一括処理
不良資産1,850億円の一括処理バブル崩壊による不動産含み損の拡大で財務基盤が揺らぐなか、損失処理を先送りせず一括計上して短期での収益改善を狙った財務再建同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1995 1996 2001 売上高(億円) 4,257 4,950 4,589 純利益率(%) -1.1 -43.3 20.8 1988年7月 京都ブライトンホテル開業