長谷工コーポレーション の歴代社長

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2005年2010年2020年2026年

岩尾崇退任

2005年社長就任

代表取締役社長就任

大栗育夫退任

2010年社長就任

2005年執行役員代表取締役社長

辻範明退任

2014年社長就任

2005年執行役員代表取締役社長

池上一夫退任

2020年社長就任

2008年執行役員2011年取締役代表取締役社長

熊野聡現任

2025年社長就任

2013年執行役員2020年取締役
創業社長の関係
創業

1937年2月、長谷川武彦氏が兵庫県尼崎市で個人企業の長谷川工務店を興し、1946年8月に資本金19万5,000円の株式会社へ改組した。長谷川武彦氏は改組から1969年まで23年トップを務め、副社長だった水上芳美氏へ譲っている。創業家の社長はこの一代で途切れ、以後は戻っていない。

社長登用の傾向
登用

1996年3月期に含み損を一括処理した合田耕平氏の後を継いだ岩尾崇氏は、1998年5月まで取引銀行である大和銀行の専務取締役で、同年6月に顧問兼代表取締役副社長として迎えられ、2005年4月に社長へ就いた。以降の4代はいずれも1970年代から1980年代に入社した生え抜きである。

社長任期の傾向
任期

在任が10年を超えたのは、創業者の長谷川武彦氏の23年と、1986年から2005年までの合田耕平氏の19年である。合田耕平氏の在任は1,850億円の一括処理と1998年の融資残高48%削減の要請を挟んでおり、処理を決めた者が再建まで見届けたためと思われる。直近3代は6年・5年・就任2年目である。

いまの体制への含意
含意

3,942億円の債権放棄を受けた再建の途中で大和銀行から副社長を迎え、その岩尾崇氏が7年後に社長へ座った。返済の道筋がつくまでは債権者側の目を経営の中に置いた形と思われる。銀行から出た社長はこの一代にとどまるが、危機の局面では資本の側の意向が社長人事にまで届く会社であるように見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
長谷川武彦(1946年就任)1946〜1969年1946年就任23年退任創業家取締役社長
水上芳美(1969年就任)1969〜1986年1969年就任17年退任生え抜き代表取締役社長
合田耕平(1986年就任)1986〜2005年1986年就任19年退任代表取締役社長決断1988年京都ブライトンホテル開業1996年不良資産1,850億円の一括処理
岩尾崇(2005年就任)2005〜2010年2005年就任5年退任代表取締役社長
大栗育夫(2010年就任)2010〜2014年2010年就任4年退任生え抜き代表取締役社長
辻範明(2014年就任)2014〜2020年2014年就任6年退任生え抜き代表取締役社長
池上一夫(2020年就任)2020〜2025年2020年就任5年退任生え抜き代表取締役社長
熊野聡(2025年就任)2025年〜現任2025年就任2年現任生え抜き代表取締役社長1985年4月に長谷工コーポレーションへ入社し、2013年4月に執行役員となった。2020年4月に常務執行役員、同年6月に取締役常務執行役員、2023年4月に取締役専務執行役員へ進み、2024年4月に代表取締役専務執行役員となった。入社から40年を同社で過ごし、2025年4月に代表取締役社長へ就任した。
歴代社長の在任期間 全8代
1946年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

長谷川武彦退任

1946年社長就任

取締役社長

水上芳美退任

1969年社長就任

1946年入社1949年取締役代表取締役社長

合田耕平退任

1986年社長就任

代表取締役社長

岩尾崇退任

2005年社長就任

1998年入社代表取締役社長就任

大栗育夫退任

2010年社長就任

1974年入社2001年取締役2005年執行役員代表取締役社長

辻範明退任

2014年社長就任

1975年入社1999年取締役2005年執行役員代表取締役社長

池上一夫退任

2020年社長就任

1980年入社2008年執行役員2011年取締役代表取締役社長

熊野聡現任

2025年社長就任

1985年入社2013年執行役員2020年取締役

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