安藤・間の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

自前で足りない部分は、そのつど外から取り込んできた。1953年の佐久間ダムでは在来工法なら10年以上とされた工事を、米国から持ち込んだ重機械群の編成へ切り替えて3年で仕上げた。1990年代の経営危機では二度の金融支援でも本体の再建が成り立たず、2003年1月に約1,100億円の特別損失を計上して全取引金融機関46行へ支援を要請し、同年10月に会社分割で建設事業を承継会社・株式会社間組へ切り出した。含み損を抱える不動産は旧法人へ残し、承継会社は483億円の有利子負債と1,948人で再出発した。2012年5月には安藤建設との合併を発表し、1918年に株式会社安藤組として発足した建築の会社を迎えている。土木の間組を存続会社として建築の安藤建設を吸収したことが、上場建設会社で7番目という規模を作った。

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