決断
最初の転機は1970年6月の建築基準法の改正である。住宅の外装材に燃えない材料が求められるようになり、繊維板を外装材として売る市場が縮小する恐れが出た。日本ハードボード工業は繊維板以外の新規事業を探し、繊維板で培った抄造の技術と4商社の販路をそのまま使える窯業系の外装材を選んだ。1973年4月に額面変更のための合併を済ませ、1974年11月には「燃えない」を名に込めた「モエンサイディングM」の生産開始。規制で失いかけた外装材の市場へ、不燃の製品で戻ることを選んだ。
最初の転機は1970年6月の建築基準法の改正である。住宅の外装材に燃えない材料が求められるようになり、繊維板を外装材として売る市場が縮小する恐れが出た。日本ハードボード工業は繊維板以外の新規事業を探し、繊維板で培った抄造の技術と4商社の販路をそのまま使える窯業系の外装材を選んだ。1973年4月に額面変更のための合併を済ませ、1974年11月には「燃えない」を名に込めた「モエンサイディングM」の生産開始。規制で失いかけた外装材の市場へ、不燃の製品で戻ることを選んだ。
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