メディパルHD の歴代社長

更新:

2002年2010年2020年2026年

熊倉貞武退任

2002年社長就任

代表取締役社長

渡辺秀一現任

2012年社長就任

代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1898年10月、21歳の薬剤師 熊田佐一郎氏が神戸市元町で熊田三星堂薬舗を開業し、1923年5月に資本金20万円で株式会社三星堂となった。1931年3月に末弟の熊田庸三氏が退陣して創業兄弟は経営から離れ、1928年から1949年までの21年間は社長を置かず代表取締役専務が最高責任者を務めた。2000年4月に東京のクラヤ薬品・東京医薬品と合併して社名も本店も入れ替わり、創業家の系譜は残っていない。

社長登用の傾向
登用

直近2代はいずれも合併前の卸から入った内部昇格で、外部からの招聘はない。熊倉貞武氏は1971年にクラヤ薬品へ入社して1989年に同社の社長、渡辺秀一氏は1979年入社で2004年から子会社メディセオの社長を務めた。事業会社の社長を経た者だけが本体の社長に届く型が続いている。

社長任期の傾向
任期

熊倉貞武氏は2002年6月から2012年4月までの10年で、パルタックの完全子会社化と純粋持株会社への移行を通した。渡辺秀一氏は2012年4月から14年目に入り、持株会社となって以降では最長である。2025年5月に渡辺氏の療養が公表され、副社長の長福恭弘氏を加えた代表取締役2名体制へ移った。

いまの体制への含意
含意

2006年3月期は仕入先の武田薬品工業が8.74%で筆頭株主だったが、FY25の上位は信託銀行と海外の運用会社が占め、事業会社は小林製薬2.48%だけになった。取引先が株主として口を挟む構図は薄れ、社長は子会社メディセオの社長経験者から内部で選ばれている。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
熊倉貞武(2002年就任)2002〜2012年2002年就任10年退任代表取締役社長決断2005年パルタックの完全子会社化2009年メディパルHDへ移行
渡辺秀一(2012年就任)2012年〜現任2012年就任15年現任生え抜き代表取締役社長1979年8月に入社し、11年後の1990年12月に取締役、1994年12月に常務取締役へ進んだ。2004年4月からは傘下のメディセオ代表取締役社長を兼ね、8年にわたり卸の現場を預かった。持株会社側では2008年6月に専務取締役、2011年4月に代表取締役副社長へ上がり、翌年に社長へ就任した。2006年3月期・2010年3月期とも大株主上位10位に渡辺氏の名は無く、資本を伴わない生え抜きの昇進である。

免責事項およびポリシー