座席の専業になっても、特定の完成車メーカーの系列には入らなかった会社である。座席は新車と同時に開発が始まるため、国内の座席会社はほぼ例外なく1社の専属に近い関係を結んでいた。立川スプリングは1960年前後から1965年ごろまでに日野自動車工業・旧日産自動車・三菱重工業と取引を開始し、得意先を1社に絞らなかった。1987年時点でも国内の座席会社16社のうち専属色の薄いのは同社だけで、独立専業は創業者の斉藤信義氏の信念に根ざす方針であった。1969年4月に青梅工場を開設した後、1973年3月には日産自動車・日野自動車工業・三菱自動車工業の3社から同時に資本参加を受けた。