決断
1952年8月、株式会社科学研究所は研究部門と生産部門を別の会社に分けた。研究機関がそのまま工場を動かす体制では、生産が広がるほど会社の運営に支障が重なったためである。研究部門は新たに設けた会社に移って科学研究所の名を継ぎ、のちに特殊法人の理化学研究所となった。生産部門は従来の法人の資産と債権・債務を引き継ぎ、科研化学へ商号を変更した。1968年時点の科研化学は、研究を理化学研究所と、販売を科研薬化工と結び、自らは生産を受け持つ分業の形をとった。
1952年8月、株式会社科学研究所は研究部門と生産部門を別の会社に分けた。研究機関がそのまま工場を動かす体制では、生産が広がるほど会社の運営に支障が重なったためである。研究部門は新たに設けた会社に移って科学研究所の名を継ぎ、のちに特殊法人の理化学研究所となった。生産部門は従来の法人の資産と債権・債務を引き継ぎ、科研化学へ商号を変更した。1968年時点の科研化学は、研究を理化学研究所と、販売を科研薬化工と結び、自らは生産を受け持つ分業の形をとった。
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