杉山金太郎
J-オイルミルズ・元社長
社長就任1924年5月
生年月日—
学歴市立大阪商業学校
出自—
経歴1917〜1967年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1917年主要役職の状況(推定含む目安)1967年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間企業 | |||||
| 民間企業 | 中外貿易 | 1917 | 創立に参加し専務 | ||
| 豊年製油(現J-オイルミルズ) | 1924 | 社長 | |||
| 1954 | 会長 退任 | ||||
| 1967 | 相談役 | ||||
社長就任までの出自
出自
1875年、和歌山県海草郡川永村で田地2〜3町歩の農家の長男に生まれた。家計を考えて中学を4年で退き、市立大阪商業学校に進んで1894年3月に卒業した。校長の成瀬隆蔵氏の推薦で大阪の船主の店に入り、続いて米国貿易会社に移って、日清戦争後に日本の綿糸を中国へ輸出する販路を開拓した。同社では輸出部支配人に昇ったが、1917年に退職し、日本綿花の喜多又蔵氏らと中外貿易を創立して専務に就任した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1919年からの戦後恐慌で中外貿易は行き詰まり、杉山金太郎氏は全私財を負債の一部に充てて同社を引退した。横浜正金銀行が抱えた滞貨の処分や帝都復興院の嘱託を務めていたところへ、台湾銀行副頭取の森広蔵氏から、鈴木商店の整理の一環として豊年製油の経営の引き受けを打診された。製油の経験は無かったため、満州へ出向いて原料大豆の買い付けと豆かす・豆油の販売を調べたうえで引き受けを決め、1924年5月に社長に就任した。
中興ストーリー
中興ストーリー
在任中の主な施策
参考文献2件
参考文献
- 私の履歴書 経済人2「杉山金太郎」(日本経済新聞社、1980年)
- J-オイルミルズ 有価証券報告書【沿革】
事実根拠:出所(J-オイルミルズ)