新日本空調の歴史
沿革
1930年に設立された東洋キヤリア工業が起源。
1935年に南満州鉄道の特急「あじあ号」の全列車空調を施工し、1968年に霞が関ビルディングの空調を手がけた。原子炉や超高層ビルの空調を担ってきた空調設備工事会社で、アジアにも拠点を持つ。
創業期
1930年〜東洋キヤリア工業の設立と「あじあ号」の全列車空調
- 東洋キヤリア工業を設立[1]
- 南満州鉄道の特急「あじあ号」の全列車空調を施工[2]
- 関釜連絡船「興安丸」に全船空調を施工[2]
- 日本原子力研究所の原子炉空調を施工[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(東京文化会館)[2]
- 霞が関ビルディングの空調を施工[2]
売上高
- 売上高
新日本空調売上高—
創業期
1969年〜新日本空調の設立と工学センターの開設
- 新日本空調を設立[1]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(霞が関ビルディング)[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(全共連厚木事務センター)[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(東亜不動産新橋ビル)[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(大阪大林ビル)[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(新宿三井ビルディング)[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(新宿新都心大規模地域冷暖房施設)[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(ガスエンジンヒートポンプ冷暖房給湯装置)[2]
- 工学センターを開設[1]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(大正海上火災保険本社ビル)[2]
売上高
- 売上高
新日本空調売上高—
成長期
1990年〜東証一部指定替えと上海・シンガポールなどへの海外進出
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(KIビル)[2]
- 空調設備の修理・メンテナンス事業を開始[1]
- 技術研究所・茅野研修所を開設[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 微粒子・気流可視化システム「ViEST®」を開発[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(DNタワー21)[2]
- 国内全店でISO9001認証を取得[2]
- 本社と国内全事業部門でISO14001認証を取得[2]
- 空気調和・衛生工学会技術賞を受賞(セイコーエプソン豊科事業所第2工場)[2]
- 新日本空調工程(上海)有限公司を設立[1]
- エネルギー効率向上のシステム・コンサルティング業務を事業に追加[1]
- SHIN NIPPON LANKA(PRIVATE)LIMITEDを設立[1]
- SHIN NIPPON AIRTECH(SINGAPORE)PTE.LTD.を設立[1]
- 熱源最適制御システム「EnergyQuest®」を開発[2]
- 保有技術発信拠点「SNK e-Labo」を開設[2]