日本国土開発の歴史
沿革
1952年の会社設立が起源。
1957年に黒部第四ダム大町ルート第三工区を施工し、1962年に建築事業へ参入した。1998年の会社更生法申立てから再建し、2019年に東京証券取引所市場第一部へ再上場した総合建設会社である。
創業期
1951年〜日本国土開発の設立と黒部第四ダムへの取付道路の施工
- 建設機械の賃貸営業を開始[1]
- 東京都北区下十条に王子モータープールを開設[1]
- 日本国土開発を設立[2]
- 東京店頭市場に株式公開[2]
- リッパを米国から購入し久里浜でリッパ工法を確立[1]
- 黒部第四ダム大町ルート第三工区を施工[2]
- 資本金を4億円に増資[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[2]
売上高
- 売上高
日本国土開発売上高—
成長期
1962年〜建築事業への参入と東証一部指定替え
- 建築事業に参入[2]
- 赤坂の新社屋が完成し本社・東京支店を移転[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[2]
- 神奈川県中津工業団地に新モータープールが完成[1]
- 世界で初めて開発した水中ブルドーザの公開実験に成功[1]
- 大阪証券取引所市場第一部に上場[2]
- 国土開発工業を設立[2]
- 技術研究所(現技術センター)を開設[1]
- 東アジア支店を開設[1]
- 新技術研究所を建設[2]
- 新本社屋(赤坂MKビル)が完成[1]
- 名古屋・大阪・四国・広島・九州の各支店を統轄する西日本支社を新設[1]
- マレーシア・トレンガヌ州と熱帯雨林再生事業の覚書に調印[1]
- 前田建設工業・錢高組と三社業務提携の基本協定を締結[1]
売上高
- 売上高
日本国土開発売上高—
再建期
1998年〜会社更生法の適用申立と更生手続の終結
- 会社更生法の適用を申立[2]
- 東京・大阪の証券取引所で上場廃止[2]
- 資本金を減増資し新資本金50億円[1]
- 構造接着剤の日本アドックスを設立[1]
- 会社更生手続の終結決定[2]
- ANIONを設立[2]
- 国土開発工業とコクド工機が合併[1]
- 国内の営業体制を東日本支社・西日本支社の二拠点に再編[1]
売上高経常利益率
- 売上高
- 経常利益率
日本国土開発2014年5月期売上高968億円売上高経常利益率1.5%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 2013年 | 朝倉健夫 | 代表取締役社長→代表取締役社長 社長執行役員→代表取締役社長 社長執行役員 CEO→代表取締役社長 社長執行役員 CEO COO |
成熟期
2015年〜東証一部再上場とJDCグリーンエナジーの子会社化
- 宮古発電を営業者とする匿名組合を子会社化[2]
- 土木事業本部と建築事業本部を設置[1]
- 福島エコクリートを設立[2]
- 関連事業本部を設置[2]
- 国土開発工業を完全子会社化[2]
- 松島太陽光発電を営業者とする匿名組合を子会社化[1]
- 支社を廃止し東日本・西日本の土木事業部と建築事業部を設置[1]
- 海洋工業を子会社化[2]
- 東京証券取引所市場第一部に再上場[2]
- つくば未来センターを開設[2]
- メガソーラー「松島どんぐり太陽光発電所」が竣工[1]
- プライム市場に移行[2]
- 本社を港区赤坂から港区虎ノ門に移転[1]
- 宮崎県延岡市の「延岡くじら池太陽光発電所」が竣工[1]
- 繰延税金資産の取崩しを実施[3]
- 東京都港区赤坂の土地の一部を売却[3]
- 自走型回転式破砕混合機「TMSP1800」を開発[2]
- JDCグリーンエナジーを子会社化[2]
- 三重県四日市市のメガソーラー「パワープラント四日市北小松」が竣工[1]
- バングラデシュ漁業開発公社水揚場整備計画を受注[2]
- ユリ伏見の匿名組合が特定子会社に該当[3]
売上高営業利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 営業利益率
日本国土開発2026年5月期売上高1,352億円売上高営業利益率5.3%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 2013年 | 朝倉健夫 | 代表取締役社長→代表取締役社長 社長執行役員→代表取締役社長 社長執行役員 CEO→代表取締役社長 社長執行役員 CEO COO |
| 林伊佐雄 |