決断
先発と同じ品を作らない方針を、組織の作り方で支えた会社である。創業以来、山田昭男氏は「常に考える」を最も大切な言葉に掲げ、社員と顧客の提案から他社品にない付加価値を加える方針を取った。同時に劇団の運営にならって縦の命令系統を設けず、製造・営業・開発・総務の各部へ運営責任を委ね、稟議書を廃して5〜6人の小グループに持ち場を任せた。その結果、1973年度まで売上高と収益はともに毎年倍増し、製品は1978年に約1000点へ増加した。販売でも一次問屋を通さず1850社の二次問屋と直接取引し、特定の問屋が倒産しても経営が揺らがない構造を作った。