フタバ産業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

溶接と加熱加工の技術は保ったまま、売り先のほうを替えて生き延びた会社である。終戦の年に集まったのは、航空機の新素材と溶接を研究していた技術者と電元社の経営陣だった。社名の産業に込めたのは、混乱期にどの事業へも進める幅である。最初は食料難を当て込んで漁網機をつくり、並行してパイプを電気抵抗の熱で曲げる技術を家具に使った。1948年に漁網機の需要が減少すると、メッキ、ラジエーターパイプ、溶接機の注文を三菱重工業・トヨタ自動車工業・電元社製作所から集め、同年5月に自動車部品と溶接機の生産を事業に加えた。民生品で食いつなぐ間に、自動車メーカーとの取引口を開いたことが、のちの部品専業への道筋になる。

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