稲葉清右衛門

ファナック・元代表取締役社長

(敬称略)

Inaba Seiuemon

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生年月日
学歴 東京大学工学部
出自
出自
1925年3月に茨城県で生まれ、1946年9月に東京大学工学部を卒業して同年11月に富士通信機製造へ入社した。日本初のNC装置を開発し、電気・油圧パルスモータの発明者として計算制御技術部長を務めた。1965年7月に工学博士の学位を受けている。1972年5月の富士通ファナック発足と同時に専務取締役へ就き、富士通の取締役も兼務した。
抜擢
1972年5月の発足時は富士通社長の高羅芳光氏が社長を兼ね、稲葉氏は専務として新会社の事実上の責任者となった。1974年に副社長を経て、1975年5月に社長へ就任した。就任は第一次オイルショック後に主力を電気・油圧パルスモータからDCサーボモータへ切り替えた直後にあたり、主力のNC装置は国内シェア約75%、世界シェア約50%を占めていた。
施策
生産と開発の一体化を狙い、富士山麓の忍野村へ本社工場を集中させる国内一極生産方式を採った。CNC装置は国内シェア6〜7割、世界シェア5割超に達し、NC装置とサーボモータのセット販売で値引きをしない販売方式を通した。1986年には米ゼネラル・エレクトリック社との合弁でGEファナックを設立し、欧米市場の展開を担わせた。1996年末には総合FAメーカーへの脱皮を掲げた経営計画「モーション50」を発表した。
評価
1995年6月、20年務めた社長を退いて代表取締役会長へ移り、最高経営責任者は自ら続けたうえで新社長の野澤量一郎氏に最高執行責任者を委ねた。2000年に取締役も退いて相談役名誉会長となったが、2006年5月には名誉会長・社長・会長・専務・相談役で構成する経営会議が設けられ、取締役でない名誉会長の意思が取締役会に及ぶ体制が残った。2013年10月に本社の要職と子会社の役員を退いた。
就任前-
退任時-
変化-
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