特需で立った会社が、家電大手の注文に合わせて品目を増やす会社へ移った。1950年の法人化を支えた米軍向けの受注は、戦況しだいで増減する不安定なものだった。1955年にテレビ受像機の普及で各社からの受注が増加すると、星電器製造は取引先の拡大に力を入れ、取引先から生産を求められた部品を品目に加えた。その結果、1963年時点では松下電器・三洋電機・早川電機・三菱電機の4社が売上高の8割を占めている。1959年に伊勢崎へ東京星電を置き、翌1960年にはイヤホンを足がかりに音響部品へ入った。大口の取引先の要請を受けて品目を拡大する型は、この時期に固まった。