決断
設立から8年後、動力機を動かす発動機を自社で作り始めた。1955年6月のことで、技術陣は戦時中に海軍で航空機用の発動機を研究した人たちだった。専務の田中修吾氏は、海軍空技廠などで約20年にわたり航空発動機の研究と製造に携わっている。経営陣は発足以来、儲かるからといって他社と同じ製品は出さない方針を通した。翌1956年6月には共立スピードスプレーヤの生産を開始し、1961年時点の主製品である病害虫防除機・高速度散布機・草刈兼刈払機は、いずれも他の農機具メーカーが作っていない製品となった。特許と実用新案の保有は、1961年時点で350件近くに達している。